208.シンプルとは程遠い(2)

「キヨはまた偉くなるんだな」


「今より偉くなる先があるのかよ」


 確かに聖獣の主人なので、これ以上出世のしようがなかった。肩書をたくさん持っていれば、理不尽な貴族に絡まれた時に「ぎゃふん」出来るかも。お金と一緒で、持ってて邪魔にならない……と思う。


 それにしても、また養子縁組だ。この世界って貴族階級の複雑なしきたりが多くて、これで3、4回目だった。最初は箔をつける為のアシュレイ侯爵、次が北の王族と同時にエミリアス辺境伯、今度は皇族の本家……回数なら3回だけど、4つの家を渡り歩いている。


「支配者の指輪が認めた主君だけのことはありますな、皇族の本家に入られるとは」


 年寄りは涙腺がもろいのか、ベルナルドは感涙して手を目頭に当てた。


「あっ!」


 止めようとしたが間に合わない。


「ぐぉおおお! 何だこれは、新手の攻撃か」


 転げ回って痛みに耐えるベルナルドに、ぱちんと指を鳴らして水をかけた。頭がびしょ濡れになり、自慢の白髭も細くなる。ふかふかの手触りが消えて、三角に先細ると山羊みたい。


「柑橘系を食べた手で顔に触らない! ったく、今までどうしてたんだよ」


 気分は介護である。濡れ布巾を作り、ベルナルドの指先をよく拭いた。げらげら笑うジークムンドは、割れてる腹筋をさらに割る勢いで倒れ込んで笑い続ける。苦笑いに留めたライアンが、顔を上げて後ろを指差す。振り返ると、見慣れた従兄弟の赤毛があった。


「なんか、騒がしいな」


「……レイル殿か。顔を触ったら激痛が」


 訴えるベルナルドの前にある柑橘系の皮、手を拭くオレの介護姿に事情を察したレイルは、彼の隣にどかっと腰を下ろした。それから机の中央に置かれた大きめのミカンっぽい果物を手にする。慣れた手つきで皮に線を入れて剥き始めた。


「貴族じゃ仕方ねえ。料理人が剥いて綺麗に並べた皿の上の果物を、上品にフォークで食ったことしかねえんだから」


 そう言われれば、確かにリアムと食べるときに丸ごと出たことはない。日本人だから柑橘系は食べ慣れてるし、何も考えずに皮を剥いたけど……そっか。貴族なら口に入れる前まで加工されるのが当たり前なんだ。レイルの説明にジャックが肩を竦めた。


「護衛の方が手がかかるって話か」


 それは要約しすぎ。確かに生活基準が違うから、着替えや準備を含めてベルナルドは自分で出来ないかもしれないが……。これでも将軍職を務めたお偉い騎士様だから。自尊心を傷つけないで上げて。メンタルごりごり削れちゃうぞ。


 オレの心配をよそに、ようやく痛みから解放されたベルナルドが溜め息をつく。親の仇のように柑橘を睨むが、意外な言葉を吐いた。

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