第30章 マロンの複雑な事情

208.シンプルとは程遠い(1)

 東の国を攻め落とすまで、オレの護衛としてラスカートン前侯爵が同行する。これは決定事項だ、そう宣言したシフェルの前で正規兵が一斉に敬礼した。


「そうなの?」


「ご安心ください。この身に変えてもお守りしますぞ。皇家のご養子ですからな」


 ああ、なるほど。『支配者の指輪』絡みじゃなくて、リアムの婿になるオレは支配階級の頂点に立つわけか。それは護衛の1人や2人つけないと中央の国の面目が立たない。まあ聖獣がいるし、万能結界もあるから……護衛がお爺ちゃんだとオレが守る側だけど。


「ご養子……キヨはまた名前が変わるのか」


 スノーが調達した果物をデザートに休憩する傭兵達が「なんだ、なんだ」と集まってきた。ゴツい連中に囲まれるのも慣れたもんだ。抵抗があったのは最初だけ、気のいい奴ばかりで居心地がいい。気取った顔の裏で他人の粗探しに夢中な貴族の相手は、肩が凝るし疲れた。


 読んだ小説の「ざまぁ」みたいで楽しいけどね。毎日だと飽きる。ああいうのは外から眺めるか、時々手を伸ばす娯楽だと思うわけ。


「名前変わるぞ、たぶん」


 すでに皇族分家のエミリアスを名乗ってるのに、また名字が変わると……どこが変更になるんだっけ? 正直、フルネームすら覚えてないんだが。


「たぶんかよ」


 げらげら笑うジークムンドの鼻先に指を突きつけ、腰に手を当てて暴露してやった。


「だって自分の名前、もう思い出せないもん」


「キヨヒト・リラエル・エミリアス・ラ・シュタインフェルト殿下、でしたか」


 苦笑いしたベルナルドが、長すぎてオレ本人が忘れた名前を教えてくれた。


「サンキュ、よく覚えたな」


「我が君の御名とあれば忘れることはございませぬ」


 白い髭を弄るベルナルドは得意げに胸を逸らすが、おそらく貴族以外のオレの部下は誰も覚えないぞ。


「今度はどこが変更になるんだろう」


 うーんと唸る。北の王家シュタインフェルトは外交上の問題で削除できない。エミリアスは分家の名前だから変わるし、辺境伯の肩書も消えるかも。


「おそらくですが、殿下の御名はリラエルより後ろを変更する形になるでしょうな」


「リアムの名字って、コンセールジェリンだっけ」


 皇族や王族の家名はやたら長い。舌を噛みそうな発音ばかりだが、これはオレが日本人だからだろう。西洋の人なら平然と発音しそうだ。


 合っていると頷くベルナルドが、太くて大きな手で、ちまちまと果物を剥く。不器用なお爺ちゃんを見かねたノアが、ナイフで皮を剥いて皿に乗せて差し出した。礼を言って口にする……オカンがお爺ちゃんの面倒を見始めてしまったぞ。

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