18.裏切りか、策略か(12)

 タオルの陰で与えられたシャツを羽織りながら、収納魔法でこっそりとナイフを取り出す。潜入に関する知識をレイルに叩き込まれたが、音を出さないナイフの方が銃より適した武器だと聞いた。しかも魔力を込めて銃弾を発する銃は、居場所を特定されやすいので危険らしい。


 あれこれ教わったときは、そんな危険な場面にならないので不要だと思って聞いたが……こうしてみると、どんな知識でも蓄えておくに限る。知らないより知ってる方が強い。


 取り出したナイフを腰のベルトに差し込んだ。見えないようにシャツをベルトの上に出してボタンを留める。着替えに時間をかけすぎたかと心配になるが、リアムは自分でボタンを留められなかったから……特権階級である皇族や王族は、一人で着替えなどしないのだろう。


 もたもた着替えたように装い、背中の冷たさから解放された安堵に息をついた。


「終わった」


 皇族っぽい言葉遣いは身についていない。臣下としての礼や話し方が出てこないように、ぶっきらぼうに短く話すことに決めた。これが一番バレにくそう。


「手を出せ」


 後ろ手に再び拘束されそうになり、首を横に振った。手を前に出して両手をそろえて待つ。大人しく兵を見上げれば、彼は子供相手にバツが悪そうだった。頬に傷があり、黒髪の兵はジャックに似ている。身体はジャックの方が大柄で、人が良さそうな顔立ちだった。


「……まあいいか」


 魔力を封じる文字が記された紐なので、前後どちらで拘束しても構わないと考えたのだろう。兵は特に警戒した様子はなく、手際よく紐を手首に巻きつけた。抵抗しない姿から、あまり危険視されていないのも影響している。


 巻いた紐を縛った時点で、魔力が完全に封じられた。仕組みをしっかり理解したオレはひとつ欠伸をして寝転がる。とりあえず、眠い。黒い沼から出て、ずっと動き続けたのだ。咳き込んで苦しみ、泥を雨で流して、木の枝の上を走る追いかけっこもした。魔力も使ったし、当然体力も消耗している。


 もう限界だった。領主の言い分では殺される心配も、貞操の危機もなさそうだ。意外と清潔な白いシーツの上に寝転がると、若い兵が上掛けをかけてくれた。


 年の離れた弟を見るような彼の優しい目に、敵も悪い奴ばかりじゃないと今更ながらに気付く。西には西の理屈があり、中央には中央の考え方がある。互いにぶつかるのは仕方ないが、全員を排除すべき敵だと思い込むのは危険なのだろう、たぶん。


 かつての十字軍とイスラム教徒の戦いなんかが同じだ。十字軍の全員がイスラム教徒を虐殺したり拷問したわけじゃない。逆にイスラム教徒全員が、キリスト教徒の巡礼を阻んだわけでもなかった。傷ついた十字軍を助けたイスラムの一般人だっていただろうし、隠れている敵を見逃した兵士だっていた筈だ。


「……ありがとう」


 皇帝陛下を装うなら「ご苦労」とか言うのが正しかったかも知れない。だけど半分眠りかけたオレの口をついたのは、単純な礼の言葉だった。


 若い兵士はかすかに笑ってくれた気がした。 

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