46.真相は欲望の香り(2)

「……戻るぞ」


「警護の問題なら大丈夫だ」


 言い切ったレイルに顔をしかめる。心配すぎて気がおかしくなりそうなのに、落ち着いている彼が腹立たしかった。


 近衛隊長であるシフェルは西の王城に攻め込んでいる。彼とクリスが出撃する代わりに、皇帝であるリアムの警護を「兄スレヴィに任せた」と聞いた。毒殺未遂の主犯が愛する婚約者のそばにいる、この状況で不安にならないはずがない。


「なぜ、大丈夫だと言い切れるッ!」


 声をひそめていたくせに、つい大声で反論した。突然のオレの激昂に、周りが緊張に包まれる。感情に引きずられたのか、魔力が溢れてピアスがひとつ弾けた。じわじわ身体が熱くなり、目が眩む。勢いで立ち上がり、唇を強く噛んだ。


『主殿?』


 ヒジリが声を上げるが、強引に影に押し込んだ。オレの不機嫌さを察したブラウは、距離をおいて近づいてこない。髪がぶわりと逆立つ感じがした。


「落ち着け、あの男の標的はお前だ」


「オレを殺すために、リアムを傷つけない保証はない」


「大丈夫だから……ったく、こうなると思ったんだ」


 くしゃりと短い赤毛を握って溜め息をついたレイルが、もう1枚のカードを取り出す。こちらは書類ではなく、写真だった。ブロンズの髪が長い1人の子供が写っている。


「おれが来て正解だったな。他の奴だったらてられて倒れてるぞ」


 ぼやきながら写真の子供を指差した。


「あの男はリアムの秘密を知らない。だから自分の娘をつがいとして宛がう気でいる。近しいお前が邪魔なんだ」


「……なぜ、知ってる?」


「情報はおれの領分だ」


 大声を上げたオレが溜め息をついて座ったことで、周囲の緊張が解けて注目が散った。ぐしゃりと白金の前髪を握ると、結んでいた髪紐が解けて落ちる。拾い上げた紐は、リアムが本に巻いてくれた青いリボンだ。手早く髪を結び直した。


 リアムの秘密とぼかしたレイルだが、彼が彼女だと知っている人間は限られる。だから周囲に聞かれないよう濁したのだろう。スレヴィにとって、未婚で幼い皇帝は格好の獲物だったらしい。自分の娘を嫁として送り込めば、皇室の一角に入り込めると画策したのだ。


「シフェルは知ってるの?」


「さっき、知らせた」


 別の手の者が知らせたと苦笑いする。レイルがこちらに来たのは、シフェルは冷静に話を聞くがオレは暴走すると判断したためか。間違っていないので訂正する気もない。


「本当に安全なのか?」


 他者が聞き耳を立てても問題ないよう、特定できる固有名詞を使わず話を進める。当事者間ならば問題ない。疑うオレの低い声に、レイルは肩を竦めた。


「じゃなきゃ、おれがここにいるわけない」

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