29.手加減って難しい(3)

「お前、さっき手加減してたろ。それもほとんど実力出してないよな」


「……ソンナコトナイヨ」


 目を逸らしながら答えて、とりあえずお茶を啜る。


「あちっ」


「悪かった、注意すればよかったな」


 ノアが申し訳なさそうに謝るが、温度を確かめないで飲んだ猫舌オレが悪い。首を横に振って否定しておいた。


「早朝訓練のときも手を抜いてるの知ってるぞ」


「……ナンノハナシ、カナ?」


 どうやら薄々気付いていたらしい。どうりで、普段は過保護な連中が手合わせを止めないと思った。ノアやジャックあたりは「騎士団長クラスとやりあうなんて」と止めに入る気がしたのに、平然と見守ってたもんな。


 実力差をちゃんと理解した上で、安全と判断されたんだと思う。認められるとなんか嬉しい。


「もっと厳しい訓練にしてあげますよ」


 魔力は手前から感じていたが、開いたドアに寄りかかったシフェルが口を挟んだ。明日の朝目覚めたくなくなりそうな笑みを浮かべている。


 なに、やだ、怖い。


「そろそろ段階を引き上げてもいいでしょうし」


 意味深に言葉を切って、シフェルはそれはそれは美しい笑みで周囲を凍らせた。


「あなた達も本気で戦えるような場所を用意しました」


 つまり、死ぬ気で戦えるような場所を用意したから移れ……と? 訓練という名称に似合わぬレベルに引き上げられそうな予感に、誰もが「終わった」と暗い目で呟く。


 するとシフェルがくすくす笑い出し、レイルも一緒に吹き出した。状況が分からなくて、きょとんとしていると……。


「西の国へ攻め込む準備が出来ましたので、明日から実戦ですよ」


 予想外のセリフに、ぱちくりと目を見開く。手にしていたお茶のカップが傾くのを、ノアが拾い上げた。どこまで気が利くんだろう、この人。


 人口密度が高い寝室へ、さらに傭兵達が飛び込んでくる。


「よう、元気か? 坊主」


「魔力酔いだって? どんだけ魔力高いんだ」


「おいおい、押すなって」


 途中から言葉がおかしくなり、みしみしと不吉な音が響く。顔を引きつらせたジャックが窓枠へ退避した。人の波に押されたライアンとサシャが見えなくなり、次の瞬間――ドンッ!!


 激しい音とともに床が抜けて、オレはベッドごと宙に浮いた。咄嗟にベッドの手すりを軸に一回転して、窓枠で難を逃れたジャックの手に掴まる。ナイスアシスト! と、目の前で転げ落ちそうなノアの手を掴んだ。


「重い、無理だ」


 ジャックの悲鳴に近い声とともに、オレ達は階下のダイニングの上に転落した。

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