67.朝食の係もオレかよ! お前らいい身分だな(3)

「キヨには鍋が大きすぎる」


 気を使ったノアが横から鍋を受け取って揺すってくれた。さすがオカン、手際もオレよりいい。絶対に料理できる系男子だ。


「助かる。調味料入れるぞ」


 まとめて作ったせいで重かった鍋から解放されたオレは、影から呼び出したヒジリを踏み台代わりに調味料を鍋に垂らした。ずっと混ぜているノアのお陰で色の濃さが平均になってくる。


「よし、火から下ろしていいぞ」


 甘酸っぱい匂いにつられて、周囲に人が集まってきた。スープを作っていた鍋も程よく煮えているし、そろそろ食べられるだろう。


「なんだ、これ」


「酸っぱいだけじゃなさそうだ」


 集まった傭兵がつまみ食いしないよう、ジークムンドに炒めた鍋を預ける。


「つまみ食いしたら、次から保存食以外食わせないぞ」


 忠告して黒酢炒めから離れ、残る3つの鍋を味見した。塩を出し忘れたオレが悪いのだが、見事に水炊き状態になっている。これはこれで美味しいが、醤油がないとな~。鶏肉系なら水炊きも好きだが……前夜から骨を煮込んでみるか。


 ――いや、まてまて。ラーメン屋始めるんじゃあるまいし、オレは料理は作ってもらいたい派だ。戦場で前夜から骨で出汁作りは、本格的過ぎるので却下だろう。もし魔獣がいたら臭いで野営地が襲われそうだもん。


 ハーブ塩を放り込んで味付けしながら、ふと興味が湧いた。黒酢に少し塩を入れて食べたら、ポン酢っぽくならないだろうか。いや塩味の鍋の具を出汁で薄めた黒酢で食べれば、最終的に同じような味になるはず。


 好奇心から、味見を兼ねて黒酢をたらした器に汁を入れて具を乗せる。よくえてから一口でぱくり……


「げほっ、けふぅ……っ、無理ぃ」


 薄め方が悪いのか、意外と酢が強いのか。めっちゃくちゃむせた。おかげで食事を待っている傭兵さんが皆して鍋を凝視している。危険な食べ物じゃないから! ぜんぜん、味はいいから!! 酢が気管方向へ入っただけで……めっちゃ美味しいぞ。


「キヨ、味付けに失敗したのか?」


「気にするな、そういうこともあるさ」


 なぜか咽たオレを慰めるジャックやノアに、首を横に振った。眦に涙が浮かんだが、ぐいっと袖で拭き取る。もらった水で喉を濯いでから、ようやく一息ついた。


「はぁ……。鍋は問題ない。調味料が喉で咽ただけだから分けていいよ」


 朝日が照らす丘で、むさいおっさん達が鍋に群がる。自分達の分だけ先に確保したオレは、大きな皿に山盛りにした黒酢炒めをパンに挟んでいた。大量の白パンは今回で終わりだ。さすがにもう在庫が尽きてきたので、僅かな残りは自分用に確保した。


 つまみ食いと味見、食材の優先確保は料理人の特権だ。労働の対価でもある。自分を納得させながら、ヒジリ達の器を並べた。スープを用意しながら、ふと気付く。山盛りにした黒酢炒めだけど、もしかして動物には無理なんじゃ……?


「ヒジリ、お前これ食えるか? 動物だと酢は無理かな」


 手のひらの上に少量乗せて、黒豹の口元に出してみた。


『主殿、我は動物ではない!!』


 気を使ったのに、手のひらごと食べられた。なんて失礼な奴だ、戻ったらきっちり躾し直す!

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