15.訓練は、三途の川原でした(8)

「本当に、訓練……だよな?」


 陛下に近づく害虫駆除とか、そんなニュアンス含んでないか?


 泣きたい気分で右手をポケットに入れる。放り込んだ銃弾を引っ張り出して装てんしようとしたら、微妙にサイズが違う。


「嘘っ……」


 入らない銃弾を無理やり押し込むわけに行かず、足元に落とした。次の銃弾を当てると入る。どうやらサイズ違いが混じっていたらしい。


 運び込んだ奴がいい加減だったのか。管理が杜撰ずさんなのか。戦場の最前線でこんなポカやられたら、敵に降参するしかないじゃん。あり得ない。


 手の中でサイズを確認しながら、手早く6発を装てんした。サイズ違いはすべて足元に放り出す。持っていても使えない銃弾など、ゴミ以下だ。


 舌打ちしながら銃をしっかり引き寄せて構えた。素人は手を突き出して撃とうとするが、銃声がうるさいことだけ我慢できたら引き付けて撃った方が命中率が高い。オレはそうしてきた。


 過去の記憶をめいっぱい利用しながら、観音開きのガラス戸を外へ開く。ガラスにゆらりと動くシフェルの影が映った。角度を計算した結果は斜め右上だ。


 落ち着け、オレ。一発で仕留めないとヤラれる!


 早くこの訓練を終えないと、食事も出ない!! これは死活問題だ。生き残りをかけた壮絶な……って程でもないな。とにかく、腹の虫を宥める食事がしたい。


 深呼吸して頭を冷やす。3つ目の深呼吸をしたところで、部屋の外に気配を感じた。誰かが足音を忍ばせて近づいている、たぶん。


 敵か味方か、問うまでもなくサシャだ。妙な確信があった。


 廊下から近づくサシャを先に片付けると、シフェルは移動してしまう。外に転がり出てシフェルを仕留めたなら、サシャを見失う可能性がある。どちらを後に残したら厄介か……考えるまでもなかった。


 シフェルを先に仕留める、これ一択だ。


 3、2、1…GO!


 タイミングを無言で刻み、開いた窓の外へ飛び出した。外からは格好良く転がり出たように見えるが、実は身長が足りなくて足を引っ掛けそうなので、こっそりローテーブルの上から飛び降りたのは秘密だ。


 何はともあれスムーズに転がった芝の上、何も身体を庇う物がない。遮蔽物がない場所では低く身体を小さく丸めておくのがセオリーだろう。勢い余って2回転もしてから、銃口を上にセットした。


 さっきの位置から斜め右側……あれ? 今どっち向いてる? 


 回転したことで方角があやふやになり、冷や汗がどっと噴き出す。ヤバイ、これは本気でマズイ。恐る恐る顔を上げた鼻先に銃弾が突き刺さった。やはり銃声は聞こえないが、もう耳の所為かわからない。


 だが銃弾が飛んできたことで、シフェルの方角が判明した。わざと外したのかもしれないが、こっちは遠慮するつもりはない。しっかり当ててやる。


 前方、少し左寄りへ銃を向け、僅かに感じる気配へ向けて引き金を引いた。直後、髪を掠めて銃弾が背後に飛んでいく。ひやりとする……を通り越して、死んだかと思った。


 全身が粟立つ感覚に、這って近くの花壇の影に転がり込む。シフェルの気配が逆に鮮明になったことで、戦線離脱と判断した。気配を殺していたのだろう、今までと感じ方が違う。幾重にも重ねた布越しに触れていた林檎に、直接触れたくらい一気に鮮明さを増した。


 あと2人。


 緊張に乾いた唇がひりひり痛い。舌を這わせて湿らせながら、さきほど飛び出した部屋を探った。まだ廊下にいるのか、部屋にサシャはいない。


 花壇から身を起こし、少し離れた茂みの向こうへ後退あとずさった。 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る