221.余計なお世話ってやつか(3)
これは嫌な予感がするぞ。そんなオレの視線に、スノーが鼻を啜りながら頷いた。コウコはまだ顔を上げない。彼女は知ってるから、マロンがやらかした自分への裏切りを許したのか。その頃の関係性はわからないけど、コウコは「助けられなかった」と後悔してたみたい。
丸くなって顔を見せないコウコを敷物ごと引っ張って、右手を上に乗せた。撫でるんじゃなく、ただ手を乗せただけ。その手にスノーが頬擦りする。隣国だから状況を知ったけど、それぞれに動けなかったとしたら。聖獣ってのも不自由なんだな。
「それがお別れ?」
『いいえ。命令はくれたんです! だから頑張りました』
人伝に命令だけが届いて、主人に会えない。ああ、オレが考えつく最悪のパターンだった。
ずっと馬として厩にいたんじゃないか? きらきらした目で、主人に見捨てられなかったと言い切ったマロンが、ひどく可哀想だった。彼はオレと同じ部屋で寝ることも遠慮した。他の聖獣は己の地位を自覚してるのに、マロンだけ違う。それは彼が家畜のように扱われた証拠みたいで……。
前の主人は本当に動けなくなったんだろう。落馬で下半身や体が動かなくなる話は、前の世界でも聞いたことがある。他人の気持ちは推し量るしかないけど、王族や貴族は状況を利用した。
聖獣の主人が動けなければ、伝言する存在が必要だ。本当ならマロン自身が影を使って会いに行けばいい。だがケガをさせた負い目があって、大人しく金馬の姿で待ち続けた。
主人が「会いたくない」と口にした。そう言われたかも知れない。それが嘘だと知らず傷付いたんじゃないか?
南の王族の腐りっぷりからして、その頃の王族が真面だったと考えにくかった。マロンの力は手放したくなくて、聖獣の主人を拘束したとしたら。動けないまま、豪華な鳥籠に閉じ込められた人は、マロンの置かれた状況を知らなかったに違いない。嘘を教えられ、誤解したかも知れない。今のマロンのように。
「そっか。頑張ったんだな」
真実を知らないことが幸せか。それとも傷が増えても知ることが、マロンにとっていいことなのか。オレに判断は出来なかった。それにオレが思いついた話に証拠はない。
『はい、僕でも役に立てるなら頑張ります』
真っ直ぐな目で、曇りのない眼差しで言い切ったマロンの姿に、オレはもう何も言えなかった。抱き締めた少女姿のマロンは、おずおずと背中に回した腕に力を込める。叱られないか確認する所作に、どれだけ愛情や好意に臆病なのかと泣きそうになった。
当事者じゃないオレが泣くのは間違ってる。マロンの気持ちに失礼だ。そう考えて堪えた。
『僕、もう落としたりしないです。だから僕に乗ってくれませんか』
ヒジリに慣れてしまったから、ついヒジリに跨がる。その無自覚な行為は、きっとマロンを傷つけてきた。背にのれと必死に訴えた彼の気持ちが、今になって重く心に沈む。
「うん」
頷くのが手一杯で、もし何か言おうとしたら声が震えて涙が溢れる。そう思ったから、何度も頷いてマロンを抱き締めた。気づけばヒジリの尻尾が巻きつき、ブラウが足の上によじ登り、腕に絡んだコウコとしがみつくスノー。聖獣に絡みつかれたオレは、ギリギリで涙を堪えた。
『主様、僕お腹すいたぁ』
明るい声で場を切り替えるブラウに「そうだな」と返した声は震えていなかったよな?
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