128.もったいぶるほど価値が上がる(3)
「オレの説明だと、こちらの侯爵が納得しないのでしょう? それにヒジリ達への不敬もありましたので……」
わざと語尾を濁す。辺境伯は侯爵より下なので、本来は「侯爵閣下」や「侯爵様」といった敬称が必要だった。それを省いたオレの態度は、皇帝陛下のお気に入りでも不敬に当たる。
「構わぬ」
ここまでのアドリブは修正して、当初の予定へ戻さなくてはならない。ちらりと視線を向ければ、心得たシフェルが合図を送った。騎士団長の指示に従い、近衛騎士がオレ達の周囲を囲む。ターゲットを逃さないための包囲網だ。ついでに言うなら、クラッセン侯爵を見限って逃げた連中も外で捕縛された頃だろう。
「では……」
「貴様っ! 敬称をつけぬか!」
叫んだクラッセン侯爵は、自分がこの場で発言を許されていない事実を都合よく忘れたらしい。いままで皇族が貴族にどれだけ侮られてきたのか。この僅かなやり取りで嫌というほど実感できた。
皇帝陛下に直答の許しを得ずに発言し、咎められて謝罪をしない。さらには自分の権威や評判を優先して、皇帝陛下との会話を遮った。
皇帝など貴族の操り人形と陰で言ってのけた男だけのことはある。そのくらいの情報、証人も含めて確保してるんだぞ? 何の目算も証拠もなく、オレやシフェルが動くわけないだろう。バカな奴。
オレはね、ただ我慢してるだけだ。魔力を解放したら、この豚を一瞬でミンチに出来る。そんなことしなくても、聖獣達に声を掛ければいい。彼らも不快に感じているのだから、命じなくていい。勝手な行動を許してやるだけだ。元から我慢強い方じゃないから、そろそろ限界か。
勿体ぶった分だけ価値をあげたオレの、今の正式な肩書をお披露目といこうか。
「……陛下、よろしいですか?」
今まで愛称のリアムと呼んできたオレが、突然呼び方を変える。これが合図だった。頷いたリアムが大きな蒼い瞳を瞬く。視線を合わせて見つめあったまま、その赤い唇が動くのを待った。
「余はそなたにすべて許しておるぞ――キヨヒト・リラエル・エミリアス・ラ・シュタインフェルト」
「もったいなきお言葉です」
最敬礼で肯定すれば、会場内の貴族が一斉に息を飲んだ。集まった貴族には意味が伝わっている。
この長く舌を噛みそうな名前の意味は――キヨヒトという異世界人の個人名、聖獣の主であるリラエルの称号、エミリアスは辺境伯の家名であると同時に、皇族の分家を示す。最後に、王家と皇家しか使用できない『ラ』の尊称と北の王族である『シュタインフェルト』で締めくくった。
皇家の血族である公爵へ手が届く家名エミリアスの意味に気づけば、この作戦はそこで終わりだった。この国の筆頭貴族であるメッツァラ公爵家当主がオレに敬語を使った時点で、違和感を覚えないのは愚の極み。肩書と権力に
一応彼にもチャンスは与えられていた。エミリアスの意味に気づくか、シフェルやヴィヴィアンが出た時点で引く手もあった。脅威でありヒントでもある聖獣を伴い、警告はしたのだから。
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