128.もったいぶるほど価値が上がる(2)

「セイ、その血はどうした?」


 こうすると事前に説明したわけじゃないから、不安そうにリアムが声をかける。こちらは皇帝陛下直々のお声がけなので、答えない選択肢はなかった。この世界で最大の領土と国力を誇る中央の国の、最高権力者のお言葉だ。オレにとっては最愛のお嫁さん候補でもあるが、答えない理由がない。


「短剣を受け止めただけです」


 刃傷沙汰にんじょうざたになったと聞いていても、ケガをした相手を知らなかった貴族がざわめく。さざ波のように広がる小声での情報交換と、不躾に向けられる視線にクラッケン侯爵が慌てふためいた。皇帝陛下の関心をひく事態になった以上、何もなかったでは済まない。


 その途端、目の前のクソガキが『皇帝陛下のお気に入り』だったことを思い出した。焦る男の額に汗が吹き出し、膝をついて控えながら先手を打とうと試みる。


「皇帝陛下、これは……その、辺境伯が侯爵家に対して行った不敬への処罰……でして」


 狐顔の男や周辺の取り巻きが慌てて擁護に入った。


「その通りです」


「この子供は身分もわきまえず、上位貴族に盾突き……」


 すっとシフェルが手をあげて遮り、優雅に一礼してリアムに尋ねる。


「クラッセン侯爵、アダー子爵、ヤンセン子爵が直答じきとうを希望しましたが、いかがなさいますか?」


「知らぬ」


 切り捨てたリアムの声はびっくりするほど冷たかった。眼差しはもっと冷たくて、切り刻む氷の刃って表現がぴったりだ。こんな表情や声色を持ってるなんて……リアムは多彩な面を持ってるんだな。カッコイイじゃん、オレの厨二心がくすぐられちゃうぞ。


 ちょっとこう「闇の云々で左目が疼く」系の魔王様っぽい。どちらかといえば、オレが演じたい役だが……ここは将来に期待だった。女帝の配偶者になれば、いずれチャンスが来るだろう。


 ほんのわずかに視線を向けられ、しっかりキャッチして微笑み返す。安心したように口角が少し持ち上がった。皇帝陛下として振る舞うリアムに尊敬の念はあるけど、嫌うなんてありえない。そんな可愛い心配をするお嫁さん(仮)が可愛すぎる件について……誰かと熱く語り合いたい。


「セイ、お前から話を聞こう」


 リアムは3人を切る発言をした後、オレから話を聞くと言い出した。ダンスの予定をすっ飛ばして断罪へ直行してしまい、申し訳ない。本当なら一緒に踊ってから、やっかまれる予定だったけど。オレとしては必死で覚えたステップを披露したかった。リアムとひらひら踊りたかった。


「オレが、ですか」


 にやりと笑うオレの顔は、悪魔そのものだろう。

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