288.転移したら雪国だった(2)

『はい、行きます!』


 ぶわっと雪が飛ばされて建物が浮かび上がる――のを想像したんだが? 彼はなぜか雪の小人を作って歩かせる手法を選んだ。


「セイ、それ可愛い!」


 小人を作るスノーがきょとんとする。特に意図したわけではなく、綺麗に雪をどかそうと考えただけのようだ。四角い塊に手足が出来て頭を乗せた状態で移動する姿は、ロボットだった。可愛いかどうかは微妙だが、頷いておく。


「お、扉だ」


 目の前に出てきた扉を叩き、感知したジャックの動きに合わせてしゃがんだ。頭上に銃が突きつけられる。


「っ!」


「オレ、キヨだから!!」


 声を上げた時、きっちりオレに銃口が向けられていた。オレは一応雇い主様だからな? 殺すなよ。


 小屋はすっぽり雪に埋もれて、薄暗い。窓はなく、そのおかげで崩れずに済んだらしい。物置小屋より大きいが、人が住む設備はなさそうだった。


 ノアは仮眠中、ライアンはいないがサシャは干し肉を齧っていた。口が塞がってるので、両手で手旗信号のように挨拶を寄越す。慌てずに食えよ。


「悪い、追っ手かと思った」


「なんで追われる事態になってる……っと、いけね」


 ジャックに悪態つきかけて、屋根上のリアム達を下ろす方を優先した。安全だと合図を送り、大きく手を振る。しゃがんだリアムが飛び降りようとしたので、雪の階段を作った。これは北海道で見た雪祭りの光景を参考にしている。ちなみに実際に見たことはない。


 安全第一、雪の階段を降りるリアムに手を差し伸べ、残り3段を飛ばす彼女を受け止めた。じいやとベルナルドが降りたところで、階段は崩す。それをスノーが外へ歩いてかせた。小人魔法便利だな。


「皇帝陛下? ラスカートン前侯爵……なんつう顔ぶれだよ」


 追われていると言ったジャックは、頭を抱えるようにしてドアの内側に背を押し付けた。天を仰ぐ姿は嘆いているようにも見える。


「何があったんだ?」


 ジャックもだけど、サシャも傷だらけだ。細かな傷がいくつも肌に残り、でも一番ひどいのはノアだろう。こんなに人が増えたのに、起きないなんておかしい。それだけ体力を消耗している証拠だった。


 血の臭いが漂う小屋に、収納から家具を取り出していく。机はなくてもいいから、ベッドだろう。軍用の折りたたみベッドを並べると、ソファ代わりに腰掛けた。


「襲撃された」


「なんとなく、それはわかる。話す前に、今足りないものを言ってくれ」


 ジャックがノアを折りたたみベッドに寝かせる。それでも起きない彼の腹部に滲んだ血を見て、オレは説明より要求を口にするよう求めた。


「絆創膏もどき、あるか」


「ある」


 どさっと20枚ほど渡した。ジャックがサシャに分ける間に、移動したオレはノアの手に触れる。折りたたみベッドを4つが精一杯の狭い小屋で、僅かな隙間に膝をついた。


「ノア?」


「今は薬で意識を奪ってる。ノアのやつ、腹に穴が空いてるのに動こうとするんだ」


 らしいなと思いながら、指を絡めて繋ぎ直した。祈るようにその手を額に押し当て、傷が塞がり治ったノアの元気な姿を想像する。治れ、治れ、戻ってこい。ふぅと長い息が漏れ、ノアの手が動いた。


「ノア」


「……キヨ?」


 怪訝そうな声は、目覚めたら突然いたオレに対する疑問だ。今度は飛び起きようとする。彼の行動パターンはある程度知ってるから、手を解いて両肩を押さえつけた。


「起きてもいいから、ゆっくりだ」


 言い聞かせて、頷くのを見てから手を離した。まだふらつく彼を座らせ、冷たい水を作って渡す。飲み干す様子に、空のコップにまた水を満たした。


「もう大丈夫だ」


 そう言ってぎこちなく笑うノアを置いて、オレはジャックの前に座り直した。この状況じゃ、安心して飯が食える環境にいなかったな。紙のリストを取り出し、食べられそうな物を並べる。パン、焼いた肉、野菜炒めの残り……冷えているそれらを温めてから渡した。


 いつの間にか、じいやがお茶を淹れ始めていた。その道具、収納空間に入って取り出したの? 気が利くじいやに渡された百合のカップに口をつけながら、オレは彼らが人心地つくのを待った。

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