第34章 婚約まで走り抜けろ

288.転移したら雪国だった(1)

 一晩泊まって出発したのに、シンとヴィオラ、義父に絡まれて大変だった。本当はお茶の後で出かけてもいいところを、せがまれて翌朝出発に変更したのに。リアムとは部屋を分けられ、シンが寝るまで邪魔をした。寝起きの機嫌悪さも手伝い、早朝に押しかけたヴィオラを追い出したオレは、ようやく東の国に到着したことに安堵の息を吐く。


「朝から疲れた」


「大変だったな」


 状況を把握しているリアムが苦笑いする。義理の家族がこれほど可愛がってくれるのは珍しいと話すパウラは、先程中央の国へ送り返した。もちろん伯爵令嬢一人で放り出すわけがない。騎士団に喝を入れるべくシフェルとクリスティーンが同行した。


「護衛はベルナルドに任せれば問題ないし、聖獣も揃ってるから」


 そう言われるとシフェルやクリスティーンも引き下がるしかなかった。じいやとベルナルドを連れて飛んだ先は、思ったより肌寒かった。慌てて上着を取り出してリアムに着せ、自分も羽織る。後ろでベルナルドも防寒着を引っ張り出していた。


「じいや、寒くない?」


「ご心配痛み入りますが、問題ございませんぞ」


 なんだろうこの人、某悪魔執事みたいにあれこれ超越してそうな感じがする。オレはとんでもなく有能で危険な執事を選んだんじゃないだろうか。


 以前に来た時は雪が降っていたが、今日は晴れていた。シンシンと冷える外気に身を震わせ、結界で包んでみる。中に温風が満たされた空間をイメージした。あれだ、寒い雪道を走るエアコン全開の車内だ。


「さすがはセイだ。魔法陣なしで凄い」


 褒めるリアムに風邪を引かせるわけにいかない。魔力はどうせ余ってるんだし、使わないと損だよな。防寒着を着せる前に気づけば、もっと完璧だったけど……じいやの「慢心大敵」と言いたげな眼差しに、にへらっと笑って誤魔化した。


「ここはどこだ?」


「うーん、ジャックの魔力を終点にしたんだけど、どこ行った?」


 見回したオレは、魔力感知を波紋状にして確認した。足下、ほぼ重なっている。


「この下?」


 大きな雪の塊の上に降りたと思ったけど、この下に人が入れる施設があるみたいだ。内部に転移しても安全ならいいが、人数も多いので自力で降りることにした。危険度を図るため、オレが最初に飛び降りる。


「我が君、そこは護衛が」


「護衛が沈んだら、誰がリアムを守るんだよ。今日のベルナルドはリアムの護衛も兼ねてるんだぞ? それに雪に埋もれても、オレなら脱出できる」


 正論で反論を潰し、なだらな丘にしか見えない前方へ足を踏み出した。一歩、二歩……そして沈んだ。ずっぽりと頭の上まで雪の壁だ。落ちるとわかっていたので、自分を結界で包んでいる。窒息の心配はない。


 もそもそと両手を動かして周囲の雪を潰し、押しやってスペースを作った。リアム達が待機する屋根らしき部分に向かって歩くと、すぐに壁に手が触れる。ぺたぺたと撫でるオレの頭に、スノーが飛び乗った。


『主様、雪遊びですか?』


「いや、この建物の入り口探してる」


 仕事中だから、後で。


『吹き飛ばせばいいのではありませんか?』


「……なんでもっと早く言わなかった?」


 魔法を使っておきながら、やはり魔法がない国から来たオレの発想は貧困だった。魔法を想像することは出来ても、日常的に使うイメージがない。スノーの言葉通り、吹き飛ばせば雪なんか消滅する。というか、溶かしてもよかった。迷うが、溶かすと水がびしゃびしゃになるので、足下が汚れるだろう。


「スノー、やっちゃって」

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