88.竜口に入らずんば勝利を得ず!(3)
「げろっ……無理ゲーすぎ……っ」
緊張感の欠片もない声を上げて、ドラゴンの喉が裂けた。こういうアニメのシーンってあったよね。死んだと思って皆が泣いた頃、死体の腹を中から裂いて出てくるやつ。そのくせ爽やかな笑顔だったりする主人公が、すごく嘘くさいと思ってた。
そして今のオレは、ゲロ臭い。これは知りたくなかった現実だ。嗅いだことないけど、ゴミ屋敷レベルの悪臭が全身を覆っていた。
「う゛ぅ゛……臭くて死ねる」
『主殿、次は付き合わぬぞ』
「……次はないから安心して……うっ」
ドラゴンは雑食らしく、半端ない量の食べ物が胃に溜まっていた。捕虜を食べずに爪先で遊んでいたのは、単に腹が空いてなかっただけらしい。
ねちょっとした手で地面に手をついた瞬間、ぬるりと滑って地面に倒れた。気分は妖怪である。ヒジリはさっさと影の中に逃げ込んだので、水浴びにでも行ったんだろう。ずるい。
「ドラゴン殺しだ!」
「英雄の誕生だぞ」
「「すげぇ」」
興奮した傭兵や兵士が駆け寄り、一定の距離でぴたりと止まる。それ以上近づく勇者はいない。生臭いのと腐敗した何かが髪に絡んで顔に貼りつき、前がよく見えなかった。よろよろ数歩這って力尽きたところに、オカンが駆け寄る。
臭いだろうに収納から取りだした水で湿らせたタオルを……投げつけた。くそ、そこは感動的に手渡しだろう!! 目の前に落ちたタオルを拾いながら嘆く。
ここは無事を喜んで抱き着いて、オレに「汚れるぜ」と苦笑いさせて、涙ぐみながら「無事でよかった」と返す感動のシーンだと思うわけ。現実は冷たいな……あ、ゲロの一部が凍ってる。もしかしてドラゴンが氷吐くタイプだったからか?
「ノア、ひどい」
「悪いが臭すぎる」
オカンにも見捨てられたが、とりあえず濡れタオルで顔をよく拭いた。このタオルは廃棄して、新しいのを返却した方がよさそうだ。洗っても受け取ってもらえる気がしなかった。
髪の毛が臭うと、結局顔を拭いても臭いのだ。バケツをイメージして上から水を掛けてみる。首がぐきっとなったので、今度はシャワーのイメージで柔らかく降らせてみた。きらきらと光が水を弾くので、虹が見える。
全身を洗い流したところで水をとめ、大きめのタオルを収納から引っ張り出して包まった。
寒気がする、やばい。これって風邪ひいたかも。氷竜の胃で冷えたかな……ぼんやり見回したところで足が縺れる。転ぶと足元はゲロが残ってるかも、そんなオレを誰かが抱き上げる感じがした。
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