88.竜口に入らずんば勝利を得ず!(2)
「ヒジリが協力しないなら、(やだけど)飛び降りる」
『……いたし方あるまい』
いろいろ葛藤があるようだが、ヒジリは嫌そうに空中を駆け下りてくれる。その喉元を撫でながら、無事に土の滑り台に立った。思ったより先端部分の平らな部分が小さくて、足元が恐い。反対側は切り立ってたんだ……落ちたら死にそう。
「キヨ、何をする気だ!」
「危ないぞ」
叫ぶ傭兵に大声で命令を伝えた。
「全員退却! 100mくらい後ろへ下がれ!」
「しかし…っ」
「そこ! 命令違反だぞ~」
反論しようとしたノアを指さすと、苦笑いしたジャックがノアを引きずって離れる。その姿に不思議そうにしながらも傭兵達は従った。しかし兵隊がそのままだ。正規兵なのでオレの指揮下にないから、もちろんオレの命令なんて聞かないだろう。
「ブラウ! 残り全員吹き飛ばせ」
兵士の皆さんは強制退去ということで。ブラウの風で吹き飛ばしてもらうことにした。ぶわっと風が動いた気配と、大量の悲鳴が後ろから背中を叩く。合図したコウコが小さくなって地面に下りると、獲物を見失ったドラゴンは周囲を見回した。
「よう!」
目の前にいるのは、小さな人間一人。正確には後ろで唸るヒジリもいるが、飲み込む獲物としてはちょうどいいサイズだと思うわけだ。ドラゴンは金色の目を輝かせ、ぱくりとオレを丸呑みした。
「……キヨが…食われた、ですって!?」
転移魔方陣を使って街まで迎えに来たクリスが、前線からの報告に息をのんだ。すでに旦那のシフェルは城門から外へ飛び出している。咄嗟に愛馬に跨って門へ急いだ。
門をくぐった瞬間、咆哮をあげるドラゴンが見える。この世界では稀に魔物との戦いが起き、人同士の戦と違い、圧倒的な力を行使するドラゴンは追い払う対象だった。
浮き上がって空から攻撃されれば兵はひとたまりもないし、硬い鱗は魔法を弾く。剣もほとんど効果がなく、銃に至っては銃弾が跳ね返される有様だ。とてもではないが討伐など考えられない魔物だった。そのドラゴンが口から火を吐いて苦しんでいる。
「何が起きたの?」
クリスの質問に答えられる者は誰もいなかった。
それは前線でも同じで――キヨが黒豹ごとドラゴンに飲まれたのを見たシフェルは、衝撃に剣を取り落とす。あの少年がわずかな期間で、中央の国にとって大切な存在になっていた事実が突き刺さる。異世界の考え方を持ち込み、この世界を改革していく人間だ。
誰より誇り高く高貴な皇帝陛下の伴侶になるべき者。彼が見せた圧倒的な強さを過信して戦場に置いたのがマズかったのか。今さら失われたからと報告できるような、軽い子供ではない。
ドンと衝撃音が地響きとなって伝わってきた。
「キヨ……」
茫然としながら名を呼んだシフェルは、目の奥が熱くなる感覚に襲われていた。これは涙がこぼれる予兆ではなく、まるで赤瞳の竜が暴走した際に引きずられるような……畏怖や恐怖が混在した感覚だ。この場で赤瞳を持つ竜属性の心当たりは、キヨだけだった。
まだ、生きているのか?
裏切られるかもしれない希望を抱いたとき、ドラゴンは空へ向けて炎を放った。そしてゆっくり身を伏せて、横倒しに倒れる。
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