13.盾となる名誉(4)

 怒りが頭を赤く染める。じわじわ熱に侵食される感覚は覚えがあった。


「へえ、そんな言い訳が通ると思われたわけか」


 そこまでオレが愚かだと? 異世界から飛び込んだ一般人風情が、皇帝陛下を守れる筈がない――そう言いたいわけか。目の前が赤くなる怒りは、魔力を暴走させて初めて魔法により炎を操った時に似ている。


 ただ、今は冷静な部分が残っていた。


 大丈夫、暴走はしない。隣に守るべき人がいて、傷つける可能性がある存在がいる。彼を排除して、リアムの安全を確保するまで意識を手放す”無様な”真似は出来なかった。


「バカにされたもんだ」


 手元に武器はない。考えながら首を少し傾げた。銃もナイフも持たないオレが、目の前の男を退ける方法は少ない。子供の身体は35歳前後の外見を持つ大人を倒すなんて、ほぼ無理だった。


 熱くなった頭の片隅に、しゃらんと軽い音が響く。耳に届いた涼やかな音の原因に気付き、オレの口元が三日月に歪んだ。左手が自然な動きで髪に伸び、かんざしを引き抜く。


 白金の短い髪をひっつめる形で留めていた簪を抜くと、髪が音もなく解けた。癖のない髪が広がり、耳に少しかかる。気のせいか、髪が伸びるのが早い。


 簪は金属製だった。これならば武器になると、左手で逆手になるよう持ち替える。


「あの、騎士の方々をお呼びして陛下をお守りしなくては……っ」


 続く言葉は途絶えた。過去のオレから想像できない速さで距離を詰め、男を魔力で吹き飛ばす。誰に教えられたのでもなく、身体の強度を高めるための魔力を行使していた。


 睨み付ける先で、男を覆う魔力が見える。淡いグレーの膜となって伯爵から溢れる魔力に、意識して己の魔力を重ねた。侵食するように相手の魔力の色を、自らの赤に染め替えていく。


 倒れた身体にのしかかり、両腕の関節を膝で砕いた。言い訳を続けた男の喉に簪を僅かに食い込ませ、そこで手を止める。


「ぎゃあああああ」


 耳を覆うような悲鳴が庭に響き渡った。


「陛下! ご無事ですか!!」


 ようやく飛び込んだ護衛の騎士の足音と声が聞こえる。だが力を抜かずに、後ろに立つ皇帝リアムを振り返り、小首を傾げた。


 ――この男、どうする?


 明確な疑問を浮かべたオレの目に、リアムがとても美しく微笑んだ。


「無事だ。我が騎士が守ったゆえ」


 そこで一度言葉をきり、意味深な溜めを作る。リアムはオレの下に倒された男を指差した。騎士の1人は殺された侍女を抱えて運び、残った3人の騎士が駆け寄る。すぐに敬礼をして指示を待つ彼らをよそに、リアムは皇帝らしく命じた。


「キヨヒト、余が許す」


 殺せと物騒な言葉は口にしない。だが命じた内容は騎士を含め、この場にいた誰もが一瞬で理解した。

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