329.1人いたらもう1人(2)
「おかえり、セイ」
この呼び名も慣れた。リアの柔らかな声によく似合うし、彼女にとってのオレが特別な証拠だから嬉しい。
「ただいま、もう起きて平気なの?」
「転んだだけだが、心配させてしまったか?」
「口調が硬いよ」
隣に座って黒髪にキスをする。日本人で生活してた時は、黒髪をこんなに綺麗だと思ったことはない。みんな同じだから、特に興味もなかった。染めたのも中学生の頃だけで、すぐに面倒になってやめた程度の感覚だ。なのに、リアの黒髪はとても魅力的だった。
こっちに来て、イケメンにしてもらって淡い金髪と紫瞳になった。その直後に出会ったリアに一目惚れしたんだから、結局惚れる相手の色がピンクでも黒でも関係ないんだな。
「襲撃犯の眼帯野郎は、ヴィヴィアンに預けてきたからね」
安心してくれと言うつもりで説明したところ、きょとんとした顔で首を傾げた。こてりと倒れる首が愛らしいぞ。同じように首を傾げて視線を合わせたら、リアが笑いながらオレの首を戻した。
「私を襲った者は眼帯などしていなかったぞ。ただ前髪が長くて目の下まで覆っていたが」
「……妖怪、毛女郎かな?」
「よくわからないが、男の声だった」
証言を元に頭の中に描いたのは、前後が分からないほど毛に覆われた男……妖怪じゃなく変態か。
「眼帯野郎は何もしなかったの?」
「告白された」
普通は顔を赤らめる場面だが、リアの顔色は青い。本音では安心した。嬉しそうに頬を染めながら言われたら、眼帯野郎の未来は終了だった。
「シフェル達と戦ったのは、毛むくじゃら?」
「そこまで毛に覆われてなかったが、そうだな」
中途半端な否定をさらりと流し、考え込む。さっき異世界人が複数いる可能性を口にしたばかりだが、どうやら2人で間違いなさそうだ。眼帯野郎は鈍臭いから置いていかれ、もう1人の毛女郎は逃げたと。
「逃げた奴の特徴、毛の色とか覚えてない?」
「黒髪でした」
一緒に居て、リアを庇って逃げた侍女が静かに答える。こう言う場面で口を挟むのは珍しいと思ったら、許可を得るなり勢いよく捲し立てた。腹が立っていたらしい。
要約すると――麗しの皇帝陛下は愛らしいドレスを身に纏い、ウィッグを被って着飾っていた。眼帯野郎が玄関ホール付近で騒動を起こし、知らずに通った彼女に惚れる。毛玉野郎が「重要人物だ」と叫んでリアの拘束を試みるが、シフェルやクリスティーン達騎士が防ぐ。攻防の中、毛玉野郎が突然逃げた。
「逃げる直前、妙な言葉を……チート野郎、絶対に許さねえとか」
オレのことか? もしかして聖獣コウコを護衛につけたことに関係あるかも。何にしろ、名前はわからないが外見で指名手配だ。
近衛騎士団も動くし、レイルにも依頼をかけ、独自に探るとじいやが外出許可を求めたので頷く。あっという間に手配を終えると、リアの頬に手を当てる。熱はなさそう。
「リアが無事でよかった。襲撃されたと聞いて、心臓が止まるところだった」
「安心してくれ、貞操を守るための魔法陣は持っている」
やや膨らみを帯びた胸元から、ずるりと紙が引き出される。僅かな温もりの残るそれを手渡され、紳士的に受け取った。本音だと顔を押し付けたい。が、我慢だ。
「発動するとどうなるの?」
「触れた相手を串刺しにするらしい。ヴィヴィアン発案だぞ」
こえええ! 普通に弾くとか、びりっとするスタンガンレベルの武器を想像してた。甘かった。でもリアが持つならこのくらいの方が……え? オレ相手に発動しないよな?
「は、発動条件を聞いても?」
「女の秘密だ」
にっこり笑うリアに、咄嗟に微笑み返しながら、内心で恐れ慄くオレだった。
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