56.卑怯でも勝ちは価値(2)

「うん、よろしくな」


「任せろ。しっかり休めよ」


 冷たい氷を包んだタオルを額に乗せると、ノアは頬を緩めたまま出て行った。見送ったオレはひとつ欠伸をする。


「レイルに預けた魔法陣、結局使わなかったな」


 ぼやくように呟くと、預ける時から見ていたサシャが話しかけてきた。


「あれは避難用だったのか? 随分と奮発したな」


「何言ってるの、安いじゃん。命より大事なものはないからね」


 絶句したサシャに首をかしげる。だってそうじゃないか。人の命は後から取り戻しようはないが、魔法陣なら働いて買って返すことも、自分で作ることも出来る。どちらが重要か尋ねられたら、オレは命をとるぞ。これは殺伐とした今の世界だろうと、前世界であっても同じだ。


 ああそうか、前にジークムンドだったか誰かが言ってた。傭兵の命は使い捨ての紙くずの扱いだって――オレが思うに、シフェル達はそう考えていない。他国の状況までは知らないが、皇帝の夫候補の貴重な異世界人を、使い捨ての駒に預けるわけがないはずだ。


「あ、ヒジリとブラウ……」


『主殿、もう影に戻っている』


『しっかり寝てね、主』


 意外とちゃっかり者の2匹に苦笑いしたところで、再び欠伸が口をついた。反射的に手で口元を覆うと、隣のベッドで休んでいたサシャが「お前、本当に育ちがいいんだな~」と感心したように呟く。


「どこが?」


 尋ねたオレに、サシャは寝返りを打って天井を見た。


「欠伸をするときに口元を押さえただろ。あんなの、貴族くらいしかしない」


「ふーん。オレのいた世界だとマナーだから、ほとんどの奴がして、た……」


 ふっと眠くなる。一気に力が抜ける形で、話の途中で意識が途絶えた。寝オチしたオレの肩まで、しっかり上掛けをかけてくれたサシャは、くすくす笑いながら呟いた。


「コイツになら命預けてもいいか」







 結局、起きたらすべて終わっていた。戦場の死体は地面の塹壕に埋められてるし、敵の武器は戦利品として傭兵達のボーナスになる。軍や騎士から回収命令が出るかと思ったら、敵の武器は倒した奴がもらう権利があると言われた。


 意外と高性能な武器があったようで、ジークムンド達が大喜びだ。


「ボス、一緒に飲むか?」


 戦場で勝利の美酒ですか~と思ったオレだが、さすがに彼らはプロだった。敵を排除したとはいえ、帰還前に飲酒は厳禁らしい。収納から出したコップに注がれた中身は、濃くとろ~りとしたコーヒーだった。


 苦そうだ。中身を睨みつけていると、がははっと笑ったジークムンドが砂糖片手に近づいてきた。


「ボスはまだお子様だから、砂糖がいるか?」

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