25.やめろと言われたが遅かった(6)

 嘆きながらしっかり冷やす。ちらりと視線を向けると、ジャックがヒジリに肉を差し出していた。干し肉じゃない生肉のようだが、ヒジリは座ったまま食べようとしない。


「ヒジリ? 腹減ったんだろ、肉を貰えよ」


『……主殿、我は野生の魔獣けものではないのだ。誇り高い聖獣は、誰彼構わず懐いたりしない』


「ふーん。その誇り高い聖獣さんは、大事な主の顔を潰したくせに」


 聞こえないフリをするヒジリに溜め息をついて近づいた。足や腹の傷が治ったと思えば、今度は顔という……常にどこかケガをしている気がする。


「ジャック、悪いな」


「いや」


 気にしていない様子のジャックから肉を受け取り、それをヒジリに差し出した。オレは優しいから地面に投げ出して「食べろ」なんて命令しないぞ。ちょっとやってみたい気はするが、そんな悪役貴族ばりの行為はやめておいた。


「ほら、ヒジリ」


「あ、やめておいたほうが」


 誰かの忠告は遅かった。


 パクッ! モグモグ……ヒジリは喉を鳴らしながら肉を齧って、骨を噛んだ。骨付き肉じゃねえから! つうか、今噛んだ骨はオレの腕かっ!?


「うぎゃぁあああああ!!」


 慌てて引き抜いた腕は血塗れで、余計にパニックが伝染していく。


「止血用のタオル!」


「いや、サシャを呼べ。治癒魔法をかければ」


「先に傷口を洗わないと」


 傭兵達の騒ぎの中、オレはふと気付いて動きを止めた。傷をじっとみて、それからシャツの胸元で腕の赤い血を拭ってみる。不思議と痛みがなかった。ついでに、拭った傷口があるはずの場所から血が吹き出てこない。


「ん?」


『我が主殿を傷つけるわけがなかろう』


 肉の塊を食べ終えたヒジリは、自由になった口でけろりと言い放った。確かに腕に噛まれた傷跡は見当たらない。


「なんで? 噛まれたぞ?」


 骨が砕ける痛みを感じたんだぞ、気のせいじゃない。痛くて叫んだんだから……。


『治癒魔法が得意なのだ』


 あ――わかった。コイツ、オレの腕ごと肉を噛み砕いたあとで、オレの腕を治癒して戻した。だから噛み砕かれて痛かったし、引き抜いたら傷がなかったわけだ。治癒魔法でも血は戻らないし、血塗れの大半は生肉の血かもしれない。


「……ヒジリ、オレの手を一度食ったんだな?」

 

『知らぬ』


 けろりと悪びれずに言い放った巨大な黒猫は、顔周りの汚れを拭うように顔を洗っていた。猫が顔を洗うと雨が降る――そう、これから血の雨を降らしてやんぜ!


 右手に炎、左手に氷を作り出して、目の前の黒豹に叩き付けた。

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