25.やめろと言われたが遅かった(5)

 …………ここは感動的なセリフが来る場面だろ。


「腹減った?」


 いらっとして強い語気で返すが、ヒジリは気にしない。頷いて尻尾を振っていた。机の悲鳴がミシミシに変わりつつあるので、いい加減離して欲しい。


 直したそばから机や建物を壊したら、マジで怒られる。


「ヒジリ、机から……」


 忠告は遅かった。


 机の斜め前、左側が最初に折れた。続いて右側も折れて、机はオレの前方へ向けて斜めに傾く。当然正座したままのオレが転がり、慌てて捕まえようとしたレイルが首根っこを掴み、反対側で受け止めようとしたノアが手を掴んだ。


「ぐぇ……っ」


 本当のお母さんなら離してくれるはず……なんて大岡裁きを期待してる場合じゃない。一瞬首が絞まって息が止まった。すぐに2人も離してくれたので、ほんの一瞬だ。そうか、2人とも本当のオカンか……じゃなくて、同時に離されたオレは結局床へ転がった。


 咄嗟に手をついてくるんと回転できたのは、この世界に来てから鍛えられた運動神経のお陰だ。ほっと息をついたところに、傭兵達が拍手を送ってくれる。そうじゃない、求めてる喝采はコレじゃない。でも、何もないと寂しいから、遠慮なく受け取っておく。


 手を振って応えた直後、ヒジリが覆い被さってきて、頭から着地したところを踏まれた。しゃがんで手を付いた体勢で、自分より大きなヒジリを支える腕力はない。倒れたオレの顔は無残に肉球の下敷きだった。


「ぶっ……」


 潰れたヒキガエルのような声が漏れる。でかい肉球が、オレの鼻を思いっきり踏んだ。


 痛い、マジで痛い。カミサマが美形に作ってくれた顔が、残念な造形になったら怨むぞ。肉球に噛み付いて、飛び退いたヒジリを横目に立ち上がった。うっ……目の前が涙で滲みそう……男の子だけど。


「大丈夫か? キヨ」


「美人が台無しだな……」


「ほら、タオル貸してやるから」


 傭兵やノアの優しさが身に沁みる。


『主殿、肉球は急所のひとつであるから……』


「わかっててやったんだよッ!」


 噛まれた肉球をぺろぺろ舐めながらの苦情に、全力で叫んでいた。周囲の大人の生温かい視線が逆に辛い。宥めるようにノアがぶつけた鼻に冷やしたタオルを当ててくれた。ついでに流れた涙とその他諸々を拭いておく。いや、鼻水じゃないぞ。断じて涎でもない。口と鼻から溢れた、ただの体液だ。


 魔力が強くても痛いものは痛い。当たり前の原理だが、つい忘れそうになるのは……それだけ魔力がチートだからだった。


「うう……オレの数少ない取り得の顔が」

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