35.騎士は嫉妬で薬を盛る(2)

「たぶん、キヨの想像と違いますが……子供相手だからと油断した自分への戒めとして残しました」


「えっと、いろいろゴメン」


 謝ったところで、腕をぎゅっと掴まれた。慌てて隣をみると、リアムが上目遣いに見上げている。すこし尖った唇も、本当に可愛い。女性だと意識した途端、どんな仕草にもどきどきしてしまう。


「どうしたの? リアム……あっ。リアムがウィリアムの略なら、別の愛称で呼んだほうがいい?」


 唐突に閃いたが、なぜもっと早く気付かなかったのか。兄のウィリアムを名乗っていたから、愛称が「リアム」だった。その呼び名を教えてくれたときに「両親がそう呼んだ」と言われたが、あの言葉も意味があったのだろう。


 もし本当に彼女の愛称だったなら、両親だけじゃなく兄も同じ呼び名を使うはずだ。つまり「家族がリアムと呼んだ」表現になるのだ。兄の愛称がリアムだから、兄は妹をリアムと呼ぶわけがない。


 些細だが、気付くための要素はあった。リアムが嘘をつかずに済む範囲は、それだけ上手に誤魔化した証拠だ。簡単に嘘をつけばいいのに、誠実に対応しようとした彼女は真剣に言葉を選んでくれた。


「ロゼリアーヌだっけ? ローズ、ロゼが一般的なのかな?」


 どちらが好きかと尋ねたオレに、リアムは首を横に振った。蒼い瞳がまっすぐに覗き込んでくる。心の底まで見透かされそうな眼差しに、オレはごくりと喉を鳴らした。


「リアムでいい。それに……この部屋にいない者は私が女だと知らないから」


 外でロゼやローズと呼ばれても返事が出来ない。そう告げるリアムの呟きに「それもそうだ」と納得した。確かに呼び名が増えると面倒だし、うっかり人前で間違えて呼んだら取り返しが付かない。ならば、最初から統一しておけばいいのだ。


「うん、わかった。ロゼリアーヌのリアーヌ部分を縮めても、同じ響きになるか」


 こじつけに近いけど、彼女は嬉しそうに頷いてくれた。まあ、オレにしても助かる。


 どうやら貴族連中には「男のウィリアム」で通すらしい。当然女性である以上、いつかバラすのだが……それが今じゃないだけだ。彼女の身分が安定して、他者の介入を心配しなくていい状況になれば、シフェル達が正すのだろう。


「キヨ、陛下が女性だという事実も、番になる話も一切口外禁止です」


「わかった。リアムの害になるんだろ。親友で通すよ」


 何らかの理由で秘した情報なら、命がけで守るくらいする。信頼して明かしてもらったのが嬉しかったし、隣の黒髪美人をお嫁さんに出来るなら当然の義務だった。


「オレの初恋だし」

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