35.騎士は嫉妬で薬を盛る(3)

 前世界でほんのり淡い恋心もどきを抱いたこともあるが、こんな情熱的な感情じゃなかった。そう考えれば、真の意味でリアムは初恋の女性なのだろう。異世界に来て3日目に見惚れた相手がリアムなんだから、初恋の表現は間違ってない。


 言い切ったオレに、リアムは頬を両手で押さえて俯いている。目の前の黒髪をひとすくいして、接吻けた。前に映画でみて格好いいなと思ったけど、実際にやると照れるな。気付いたリアムが耳まで真っ赤にして顔を上げてくれなくなった。


 どうしよう……顔を上げたら、シフェルが額を押さえて項垂れている。


「キヨ、今までと違いすぎます。普通に振舞ってください」


「…気をつける」


 外では気をつけよう。万が一でも態度の違いで気付かれたら、今までのリアムやシフェルの努力が台無しだ。ましてやオレの行動が原因で、リアムに危険が迫ったら悔やみきれない。


「リアム、ご飯にしよう」


 冷めかけた料理に気付いて声をかける。下ろした左手もヒジリに噛まれていることだし、気分を切り替えるために提案した。恥ずかしそうにしていたリアムも、ようやく顔を見せてくれる。まだ耳が赤いのが、本当に可愛い。


「いただきます」


 先ほど痺れ薬があると言われた料理に手を着ける前に、シフェルが手渡した解毒薬を飲み込む。錠剤を水で流し込んだオレに、呆れ顔のシフェルが忠告してきた。


「薬を盛った者に渡された薬を飲むなど、無用心すぎます」


「だってシフェルだろ? 信用してるもん」


 けろりと切り返す。こうやって信用を示されたら、逆に裏切りづらいだろう。狡猾こうかつなオレのそんな予想は大当たりらしく、ぱくぱくと動いた口は文句を吐き出さずに閉じられた。


 自分の前の皿は痺れ薬が入っているので、リアムの前に置かれた皿に手を伸ばす。引き寄せて卵を切り分けると、フォークに刺してリアムに差し出した。


「あーんして」


 蒼い瞳を輝かせて食べるリアムの唇に零れた黄身を拭いてやり、紅茶に砂糖を入れて味を調えてから手渡す。こまごまと世話をしていると、ヒジリが呆れ顔で呟いた。


『やはり竜の番はこうなるのか』


 リアムの小さな口に合わせて千切ったパンを食べさせてから、ヒジリを振り返った。彼はすでにシフェル経由で受け取った肉の塊を齧っている。


「竜の番って、他と違うの?」


『昔からだが、竜属性は番の面倒を見たがる。食事の世話はもちろん、様々な面でしつこいくらい相手にまとわり付く。違う属性と恋仲になると、相手がうんざりして別れるパターンも多い』


 ヒジリは淡々と説明してくれたが、自覚がないので首をかしげる。自分の行動をゆっくり振り返ると、確かに今までリアムの食事に手出ししなかったな、と思い至った。

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