第9章 戦の準備

36.準備のために全部出す(1)

 習性だか特性だか知らないが、とりあえず頷いて誤魔化しておく。


『主殿』


「なんだ?」


 ヒジリが肉の塊を食べ終えたらしく、ぺろぺろと前足を舐めて顔を洗っている。猫が顔を洗うと雨が降るとお祖母ちゃんに聞いたが、黒豹でも同じだろうか。余計なことを考えながら返事をしたオレは、すっかり忘れていた。


『戦場へ行くのであろう? 銃弾や食料の補充を忘れるでないぞ』


「……うん?」


『主殿?』


「…………ああ、うん」


 戦場か。そういや昨日そんな話をしたな。部屋の床が抜けたからリアムの部屋に転がり込んだんだし……え?! オレ、これから戦場じゃん!!


 生返事が一転、慌てて立ち上がった。


「ちょ! 戦場行くんじゃん。準備しなきゃ」


「……バカかもしれないと思っていましたが、本当におバカなんですね」


 なんで陛下はこんな奴を選んだんでしょう。シフェルの心の声が駄々漏れだが、無視して収納魔法の中身を思い浮かべる。何でもかんでも放り込んだので、正直、もう何が入ってるか覚えていなかった。


「私が焼いたシフォンケーキも持っていってくれ」


「ぜひ!」


 振り返ってリアムの手を握る。すると笑いながら美人が顔を近づけてきた。頬が赤く染まっているのが、とても可愛い。見惚れている間に、ちゅっと音を立てて額に唇が触れた。


「はい。そこまでです」


 シフェルがすぐに邪魔にはいった。


 ちっ、奴さえいなければオレのアレがソレしてアアなったのに。伏字ばかりの妄想が脳裏を盆踊りしながら通り過ぎた。


「キヨ、いろいろ漏れてますよ」


 心の声が……という意味だったが、反射的に股間を確認したオレは悪くないと思う。ついでに口の端を手で拭ったのもしょうがない。


「本当に……(しねばいいのに)」


 後半をそっと唇だけで突きつける近衛騎士シフェルへ、身の危険を感じて後ろへ下がった。


『あ、主殿っ!』


 ヒジリの尻尾を踏んでしまい、怒った聖獣様に手を噛まれた。骨砕かれたが、すぐに治癒されたのでなんとか動く。ぎこちない動きは仕方ないかもしれないが。


「悪い、ヒジリ。でもすぐに人を噛んじゃダメだぞ」


『主殿以外は噛まぬから構わぬであろう』


 ダジャレか! 


「そっか、それならいい……ん? いや、オレも噛んじゃダメだろ」


「仲が良いな。聖獣殿、セイをよろしく頼む」


 リアムはくすくす笑いながらヒジリの頭をなでた。大人しく撫でられている様子にほっとする。もし噛んだら、ヒジリの前歯を抜くところだった。怖い笑みを浮かべたオレは、次の言葉に慌てる。

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