251.唐揚げしたら手も素揚げ(3)

「事情はだいぶ掴めた。オレと一緒に宮殿に帰る? それとも寄り道しながらゆっくり?」


 どこかに温泉とかあれば、のんびりしたいよね。リアムの答えはわかってる。宮殿は男装しないと歩けない上、どこで誰が聞き耳立ててるか。常に緊迫して、気を張った状態を強いられるんだ。


「少しだけ、寄り道したい」


「うん。オレもそう提案しようと思った」


 微笑むと、頬を赤くしたリアムが距離を詰めてくる。これはいい感じじゃないか? もしかしたらキスのチャンス……。


『主殿っ! ケガをした、と……すまぬ』


 足元から飛び出した瞬間、押されたオレはリアムの唇を奪っていた。初めてのチューが、まさかの聖獣による事故――ロマンチックな思い出が台無しだよっ!!


 驚きすぎて、互いにすぐ離れた。温もりを感じる暇すらなかったが、柔らかかったな。にやりと顔を崩しながら、唇を指先で覆う。どうやっても顔が元に戻らない。真っ赤になったリアムは顔だけじゃなく、耳や首筋も染まっていた。


「事故か、故意か」


 唸るクリスティーンだが、これがシフェルだったらもう撃たれてたと思う。


「恋です」


 きっぱり言い切った。ただの恋愛なのでお構いなく! オレは聖獣様のご主人様なので、皇帝陛下より偉いはずですよ。こんな時だけ、身分制度を振り翳してみる。そうさ、人間なんて欲に弱い生き物だ。


「クリスは何も見ていない、いいね」


 先にリアムが動いた。まさかの口止めである。クリスティーンは苦笑いして、肩をすくめた。


「仕事中でしたが、欠伸をしてしまいました。何かございましたか?」


 見てないよと示す護衛騎士に、リアムは平然と切り返した。


「次から注意するように」


「かしこまりました」


 これで事件は終わりらしい。宮殿方式は面倒くさいが、外で見てる分にはコントみたいで面白かった。見ぬフリの傭兵の顔がにやけてるので、オレは後でしっかり弄られるんだろう。


「ひとまず、リアムは着替えよう。皇帝陛下だとバレないように『女装』ね……いてぇッ」


 彼女に似合うと思って買い込んだ服が役に立つ。そう思ったところに、話が終わったと感じた黒豹が動いた。ぼりぼりと音がする左手は、手首の下をすべて咀嚼されている。


『主殿、綺麗に治ったぞ』


「ありがとう……っていうべきなんだろうな、オレ」


 治せない自分の傷を消してくれたのは感謝する。綺麗に治すには、大きく噛み砕くのが早いのもわかる。でもオレの痛みは誰も気遣ってくれない。滲んだ涙をシャツの肩で拭い、オレはリアムのために新しいテントを引っ張り出した。


 よし! 女装だ! 化粧品の土産も渡せるし、大量に買い込んだ可愛い服も着てもらえる。靴は今履いてるやつで我慢してもらって、どこかから調達しよう。可愛いだろうな。


 侍女代わりに着替えを手伝うクリスティーンが入っていった後、テントの周囲に電気バリアを張り巡らせた。これで誰も覗きすら出来まい。

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