05.猫じゃなかった(2)

 ようやく開放された己の手を見つめるライアンが、驚いた顔をした。


「なあ、ジャック。こいつ……使えるぞ」


「何が?」


 赤く痕がついた手首を示して、氷に頬擦りしているオレに視線を戻す。


「俺が手を振り解けなかった、この意味わかるだろ?」


 まったくわからない。だが伝わらなかったのはオレだけらしく、ノアとジャックは顔を見合わせて頷いた。


 サシャの黒い目が鋭く細められる。



 何か悪いことしただろうか。


 不安になって見上げると、彼らはいっせいに視線を向けた。注目されたことで、余計に不安が募る。


 座った状態で足をぶらぶらさせる子供を取り囲む、ガタイのいい兵士達……どう考えても安心できる要素がない。


 オレがいた世界なら、誘拐犯と被害者の子供にしか見えなかった。



「あの~」


 沈黙が怖くて声を出すが、その先の言葉が出てこなかった。


 いろいろ聞きたいのだが、何を尋ねればいい?


 質問なんて、ある程度状況がわかっていないと出来ない。何を質問すればいいのか、わからないこともわからないのが現状だった。


「ああ、悪い」


 ジャックがくしゃりと髪を撫でてくれた。大きく温かな手の感触にほっとする。今まで生きてきた中で、こうして頭を撫でられる機会なんて、どのくらいあっただろう。


 子供の頃はともかく、義務教育を受ける頃から減っていった。高校生になった頃には、大人に頭を撫でられる経験なんてない。


 久しぶりの行為に感じるのは、なぜか安心だった。


 外見が子供になると、中身もつられるという意味か。


 まあ12歳なら頭撫でられる仕草も似合うからいいけど…。



「まず、さっきは悪かったな」


 アラクネと名乗った女性のことだと気付く。彼女を『リラ』と呼んでいたが、名前の略称ではなさそうだ。首を傾げて疑問を口にした。


「うん。あのさ……リラって、何?」


「牙のみが集まった部隊の通称がリラだ」


 何かの頭文字を集めた読み方かも知れない。おいおい覚えればいいかと「ふーん」と生返事で応じる。ジャックがまた髪をぐしゃりとかき乱した。


 足をぶらぶら揺らして頭を撫でられる姿は、外見相応の子供だ。


「お前のことなんだが、猫属性じゃない」


 複雑な心境を飲み込んだ苦い顔で、ノアが呟いた。倒れる前の会話を思い出せば、確かにそんな話をしていたな……と頷く。


 アラクネには「猫じゃない」と判断されたし、ジャックも「もしかして」と別属性を示すような発言をされた。


 これは覚悟を決めて聞く話か。


 ごくりと喉を鳴らして真剣にジャックの目を覗き込む。


「……おそらく希少種の竜だ」

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