16.食事をしたらお勉強(7)

「セイ、睫毛まつげが長いのだな」


 氷が入った袋を枕代わりに抱き締めているオレの額から、頬へ手が滑っていく。瞼に触れた指先が頬へ移動したタイミングで目を開いた。驚くほど近くに広がる蒼――滅茶苦茶、顔近いんですけど!?


 おそらく動けていたら飛び退ったくらいの驚きで「あ」と間抜けな声が漏れる。


「…オレより美人に言われても」


 掠れた声で返すと「それだけ話せるなら大丈夫だ」と笑われた。気付くと周囲にいた筈のジャックたちは全員姿を消している。皇帝陛下に気を使ったのだろうか。


「シフェルの術はキツかっただろう?」


 少し口調が砕けたリアムに、感じていた不満が噴出ふんしゅつした。


「キツいって言うか、嫌われてるじゃん。ただの仕返しじゃんか」


 拗ねた子供の口調に苦笑いしたリアムの手が目元を覆い隠す。何も見えなくなって、でもリアムの手から香る花のような匂いに安心して力を抜いた。全身から力を抜いて、冷たい手に意識を集中する。


「そう考えるのも無理はない。あの術の返しは本当に辛いものだからな。だがお前のためだぞ。あれは誤解を恐れない稀有けうな奴だ。お前に憎まれても、殺意を向けられても、鍛えるつもりなのだ」


 さとされている。リアムまでアイツをかばうのか? そう思うと悔しくて口を開けない。むっと尖らせた唇にオレの心境に気付いたらしい。リアムは溜め息を吐いた。


 呆れられた。


「あと半月ほどで、おそらく北と西の国が同時に攻め込む筈だ。王宮にかくまわれても、今のお前が無事に生き残れる保証はない。潜在能力なら優秀だが……混戦となる最前線で死なぬように鍛えるとなれば。明らかに時間が足りないのだ」


 言い聞かせる声が、荒れていた心をなだめていく。なんであんなに腹を立てたのかと不思議に思うほど、気持ちの荒波は穏やかにいだ。


「お前を嫌いならば、適当な授業をして放って置けばよい。前線で敵が勝手に殺してくれるだろう。シフェルが手を汚し、嫌われる必要はない。わかるか」


 疑問ですらない。淡々と紡がれた内容は、すとんと胸の中に落ちた。そうだ、嫌われると承知で相手を教育するのは、一種の愛情だ。どうでもいい相手なら構わなければいい。無視して放置すればいい。その後に自滅する道が見えるなら尚更、構うのは悪手あくしゅだった。


 昔、『人間、叱られるうちが華』と聞いた。気にかけて叱ってくれる相手すらない状況は、確かに怖い。見捨てられたということだ。叱る価値すら見出してもらえなくなったら、異世界人である自分に生きていくすべが残るだろうか。

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