84.ケンカのち慈善事業(3)

「いいのか? 逃がして」


 言外に「会えなくなるんじゃなかったか」と匂わせるジャックへ、笑いながら「平気」と手を振った。だってレイル、最後に小さく何かのサインみたいに、指先で合図を寄こした。あれってナイフ戦や情報戦を教えてくれてた頃に、よく見せた仕草だ。


 また明日な、って合図。暗号じゃないが、近いかも。


「平気、そもそもアイツ……連絡用ピアスを残してったもん」


 右耳の赤いピアスを指先で撫でる。簡単に「やるよ」と言ってつけたが、これは魔力制御用じゃない。オレの居場所を検知するためのピアスだった。これはレイルなりの友情の証だと思う。よく狙われて攫われる立場のオレを心配したんだ。


 でも居場所検知用だと知れたら、シフェルあたりに取り上げられる可能性があるから、通信用と誤魔化しておいた。


「それで、ケンカは終わったんですか?」


「うん? そっか、これはケンカか。終わったよ……でさ、提案があるんだけど」


 あざといのを承知で、少し首をかしげて強請る姿勢を見せる。先を促すシフェルへ、孤児を育てるための施設を作りたいと申し出た。驚いた顔をする傭兵や兵士のざわめきを無視して、前世界にあった孤児院のシステムを説明していく。


 これは行政が絡む大きな問題で、子供を大切にしない国家は滅びると話を締めくくった。ずっと聞いていたシフェルがしばらく考え込んだあと、オレに視線を合わせて屈みこむ。ちょっとばかり背が高いからって、調子に乗るなよ。そのうち身長を追い越してやる。


「……陛下の前で褒美として強請ってみたらいかがですか」


「今回のオレの功績は結構大きいと思うわけ。自画自賛だけどね。だから孤児院を作る許可だけもらう」


 ノアが口をはさんだ。どうでもいいが、包丁はまな板の上においてくれ。こっちに切っ先を向けるんじゃないぞ。怖いから。


「許可だけもらってどうするんだ」


「オレがもらった金で作るんだよ。数年すれば孤児院から巣立つ子も出るだろ。そしたら、下の子を巣立った子の寄付で育てる」


「寄付が集まらなかったら?」


「オレらの育て方が悪いんだから、自腹だろ」


 けろりと言い切ったオレは、別に慈善事業が好きなわけでも興味があったわけでもない。大災害があったとき財布の小銭を寄付するくらいで、ボランティアだってしなかった。偽善的と思ってた側面もある。だけどさ、この世界の友人で命の恩人はその偽善を普通にしてるんだよな。


 レイルの組織の子はほとんど孤児だと聞いた。きっとアイツが拾って飯食わせて、仕事も与えてやってる。同じように助けられた立場としては、恩返ししたいと思うわけ。自分勝手に押し付ける恩返しで、しかもチートでズルしての成果だけどね。

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