84.ケンカのち慈善事業(2)

 レイルの性格なら、切り捨てた奴と視線を合わせたりしない。だからまだ繋がってるんだ。もう何を言ったらいいか頭が真っ白だが、何とかしようと口を開いたところで、レイルが溜め息をついた。


「わかった、もういい。何も言うな。おれが大人げなかったんだ。教えておいてやるよ。おれにとって『施し』ってのは、死ねと同意語だ。絶対に使うな」


「うん、わかった。使わない」


「……ああもうっ! ほんっとにおれは甘い。それと手前は狡い!」


「でも見捨てないんだろ」


 確証を得て口元が緩んだ。掴まれた手をそのままに、逆の手で口角をぐいっと掴まれた。か、顔が歪むくらい痛い。


「くそがきめ」


「そのくらいにしてあげてください。バカでも使えるんですから」


 失礼な発言をして入り込んだのは、シフェルだった。どうやら傭兵達のテントの様子がおかしいとご注進が行ったらしい。まあ、普段賑やかしい連中が無言で、その中心で目立つ子供が叫んでれば不審がられるのは仕方ない。


「ケンカですか?」


「ううん。オレが一方的に縋った」


「はい?」


 首をかしげてレイルとオレの間を交互に指さす失礼な仕草のあと、盛大な溜め息をつかれた。その態度に何を思ったか、レイルが誤解を数十倍にする言葉を吐く。


「こいつ、おれに捨てられたくないからって泣いて縋るんだぞ。城でどんな教育してるんだよ」


 ざわっとした。いま、間違いなく周辺がざわっとしたぞ! めっちゃ誤解を招くだろ、それは痴情の縺れ以外の何にも聞こえない!!


「キヨ、おまえ……」


「意外だったな」


「でもさ子供相手だぞ?」


「……そっか。キヨがレイルを……」


 広がる誤解を訂正せずにニヤニヤしている赤髪の腕を引き寄せて、「誤解されてるぞ」と呟いた。それはオレにしては珍しく親切心からの言葉だ。しかし奴は違う意味にとった。


「誤解されて困るのかよ」


 意地悪い顔、本当に似合うな。


「困るのはオレじゃなくて、お前。レイルがネコだと思われてるぞ」


「げっ!」


 慌てた時にはもう遅い。異世界人の子供が親代わりに懐いた恋人 (偽)を怒らせて捨てられそうになり、泣いて縋って引き留めた――意図しない情報って怖いな。にやりと笑った確信犯のオレに、レイルは嫌そうに顔をしかめた。


「中央の国にはしばらく帰れねえ」


 国の総力上げて殺されそうだ。嘆くレイルの脳裏に浮かんだのは、皇帝陛下の整った顔だった。あのタイプは嫉妬が激しいだろう。誤解が解けるまで離れているのが最善策だった。


「じゃあ、この辺に残る?」


「この街から東の方へでも行ってくる」


「はいよ」


 さっきまで縋っていたとは思えないあっさりした会話で、レイルはひらひら手を振って去っていく。その後ろ姿へ、最後の止めを差した。


「ありがとうな! 離れてても(友達として)好きだぞ、レイル」


 わざわざ一部を省いて叫んだオレに、ぎょっとした顔で騎士や兵士の一部が視線を寄こす。苦虫を噛み潰した顔をしたレイルは、すっと森に溶け込むように姿を消した。

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