84.ケンカのち慈善事業(1)
「怒ってねえよ、離せ」
「怒ってるじゃん。オレの選んだ言葉が悪かったのは謝る。でもこんな形で別れたら、二度と連絡取れなくなるだろ。オレはそんなのやだ。それぐらいなら殴られる方がいい」
この世界でいきなり戦場に落とされて、たぶんレイルが居なかったら死んでた。得体のしれないガキに銃を貸してくれたレイルが、オレを生かしたんだぞ。今さら手を離されてたまるか!
掴んだ手に力を入れて、絶対に振り払われないように睨みつけた。身体に引きずられて子供の振る舞いが多いオレだけど、ここは泣いちゃいけない。涙は卑怯だ。
「……殴っても気が済まないって言ったら、どうすんだよ」
剣呑な雰囲気に気づいて、ジャックが眉をひそめた。包丁片手のノアは渋い顔だが口を挟もうとしない。外野が口をはさむと
おかげで周囲がしんと静まり返ってしまい、注目度がすごい。傭兵のテントが急に静かになったので、兵隊や捕虜までこっちの様子をちらちら見始めた。
見世物じゃねえぞ! って、こういうときに使うんだろうな。
「許してくれるまで粘る」
「迷惑だ」
「わかってるけど、口から出た言葉は取り返せない。なら謝って許してもらうしかないじゃん。オレは確かに孤児じゃなかったし、レイルに比べたら苦労なんてしてないと思う。だからってバカにしたわけじゃないし、オレがいた世界じゃ『施し』は当たり前だった」
「言い訳だな」
「言い訳だと思っても聞いてよ。レイルは忘れてるかもしれないけど、初めての戦場でオレに銃を貸してくれたじゃん。あれも施しだろ? 持ってるやつが、持たないやつに与えるんだもん。オレは単純に嬉しかったし、助けてくれて感謝してる。だからレイルが……」
無言で聞いているレイルが何を考えてるのかわからない。だけど、無理やり手を振り払わないことに期待している自分がいた。本当に狡いんだけど、傷つけた側に傷つけられた奴の悲鳴は聞こえないんだと思う。オレはきっと、レイルをすごく傷つけたんだ。
「オレを憎んでも、オレはレイルが好きだ。何かあれば味方になるし、嫌われたくない」
ダメだ、泣くな。涙ほど卑怯な武器はない。じんわりと目が熱くなって鼻が詰まるけど、すべて気のせいにして顔をあげた。
「……狡いよな。本当にお前は狡い」
「うん。ごめん」
「絆されるわけねえだろ」
「うん」
返事をしながら、オレの目は期待に輝いていただろう。だってレイルがぐしゃりと前髪をかき上げて、機嫌悪そうにしながらも正面から目を合わせた。
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