83.沈んで笑って、食料ピンチ!(3)

「ありがとう! さすがはヒジリ!!」


 どこで、どうやって、いつのまに。聞きたい言葉はすべて飲み込んで、黒豹の首に抱き着いた。予想外に毛皮が血だらけで服や手が汚れたが、まったく気にならない。頬ずりして身を起こすと、ノアが溜め息をついた。


「キヨ、汚れてるぞ」


「美人が血塗れって、ホラーだな」


「見た目はいいんだけど、行動が奇抜だぞ」


「いつもだろ」


「「「まあ我慢できる範囲だ」」」


 濡れタオルを用意して手早く拭ってくれるオカンに身を任せながら、好き勝手話す傭兵達の言葉を聞き流す。何にどう我慢できる範囲なのかは無視した。どうせ不愉快な展開だろう。


 傭兵連中にとって下ネタは挨拶みたいなもんだ。目くじら立てる上司なんて目の上のたん瘤……この使い方あってるのかな。


「これは捌くぞ」


「うん、よろしく」


 手際よく捌くレイルのナイフを横目で見ながら、気づかなくていいことに気づいた。前のユハ達と同じだ、料理に人殺しのナイフを使うなっての。もしかして、ボス命令として言い聞かせた方がいいのか?


 内臓を手際よく取り出すレイルが、オレと目が合うなり笑った。間違いなく、気づいててそのナイフを使ったな。うん、いつかその笑顔を張り倒す!


「内臓は使うか?」


「え、何に使うのさ」


「……そっか、坊ちゃんだから知らないよな」


 ぱちくり瞬きしたレイルが何かに納得している。坊ちゃん扱いは仕方ないとして、何に使うのか。疑問を浮かべてじっと手元を見ていると、苦笑いしたレイルが口を開いた。


「食う物がなかった頃、焼いたり煮たりして食ったんだ。お前は恵まれてるから知らないが、孤児なんてみんな似たような境遇だぞ」


 何とか生き延びた孤児は、大半が危険な職業に就く。頭と運がいいと兵隊、その次が傭兵、一番下だと捕まって奴隷扱いも珍しくない。そこまで一気に語ったレイルが顔をしかめた。余計なことを言ったと後悔する色が薄氷色の瞳に浮かんだ。


 レイルは孤児なんだろう。もしかしたら、オレが指揮した傭兵連中の大半が孤児かもしれない。


「孤児院とかないの?」


「なんだ、それ」


「国や行政が、孤児を集めて養育する場所。オレのいた世界だと宗教があるから、教会がよくほどこししてたぞ」


「施しなんていらねえ」


 単語に反応したのか、レイルの口調が厳しくなった。確かに『施し』って上から目線な感じがする。くれてやる、みたいなイメージ。手早く捌いて肉を机に置いたレイルが立ち上がる。この場から離れようとした彼の手を、反射的に掴んだ。


「っ、ぁんだ? 離せ」


 最初に会った時もこんなに冷たくなかった。鋭い視線をまっすぐに受け止めて、オレは覚悟を決める。このまま別れたら、おそらく二度と連絡できなくなるから。


「ガキの戯言が気に入らなきゃ殴っていい。でも、今の怒り方は嫌だ」

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