150.大層な名前の指輪を外したい(1)
『主殿、無理だ』
重ねて否定されて唇を尖らせた。
「いつも頼まなくても噛むくせに」
「それは羨まし……いや、なんでもない」
シン、お前もか。なぜこの世界では聖獣に噛まれることを望む習慣があるんだ? リアムも噛まれたいと強請ったよね。名誉だとか言ってたけど、本当にこの世界は『異世界』なんだと思い知る。オレの常識が通用しない習慣が多すぎた。
シーツを撫でた手でもう一度指輪を引っ張る。やっぱり抜けない。横に回すとぐるぐる動く癖に、縦に抜こうと引っ張れば肌に埋め込まれたかと錯覚するくらい動かなかった。
「なにこれ、怖い」
外してほしい。そんな願いを込めてレイルに手をつきつけると、彼はじっくり観察してから肩を竦めた。
「見事に
妙な言い回しに引っかかったオレへ、レイルはオレにも理解できるよう説明を始める。
「この指輪の所有者はみんな、英雄として名を遺した人物だ。おれが知る範囲で中央の国の3代前の皇帝、その孫である先代の皇帝――どちらも死ぬまで指輪は抜けなかった。支配者が死んで抜けた指輪を嵌めても、資格がない奴のところから消えてしまう。大切に抱きしめて眠っても、翌朝指から抜けて紛失した事例がある。おれの父親だけどな」
リアムが緊張した面持ちで口をはさんだ。
「おじい様が亡くなられてから、兄上が皇帝になるまで時間があった。その間に指輪を見た記憶はない」
「ああ、その時期なら北の国にあったんだ」
さらりと答えたレイルはひとつ息を吸い込み、大きく吐き出した。何か覚悟を決めたような顔で、他人事のように己の父親を語る。
「キヨ、おれが先ほどした説明には抜けがある。北の王弟であったおれの父親は、暴走した貴族の旗頭にされた。確かにその通りだ。事実を読めばそうなるが、中の事情は違う……あの男は身の程を弁えずに、王座を狙っていた。伯父上が父を殺したのは正解だ。もし生かしたら、王座はひっくり返されただろうさ」
心底軽蔑したように吐き捨てたレイルは、親を罪人のように憎んでいた。強く握った拳が震え、爪が食い込んだ手のひらが色を失う。
「あの男を親として生まれたことが最大の汚点だ。あの男は3代前の皇帝陛下の死体から指輪を盗ませた。手に入れた指輪をそれは大事にしてたぞ。ところが指に嵌めた指輪は消えた。慌ててまた探し、今度は嵌めずに保管してたが……反逆を決行する日にまた失くした」
誰も何も言えずにレイルの怒りが滲んだ声を聞くだけ。オレにとって親友で悪友のレイルが、声に出さず涙もこぼさずに泣いてる気がした。慰める言葉は見つからない。手を伸ばして跳ねのけられるのも怖い。ただ見ているしかできない自分が悔しくて、オレは唇を噛んで顔を上げた。
俯かず、代わりに涙を流すような安い同情もしない。それがオレなりの覚悟だった。
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