150.大層な名前の指輪を外したい(2)

「お前はいつも何も言わないな」


 いろんな感情を含んだレイルの呟きに、返せる反応はひとつだけ。


「だってオレは部外者だもん」


 突き放すわけじゃないが、何も言う権利はない。レイルの父親が犯罪者でも、レイルとの付き合いに支障ない。しかもとうに死んだ人の話に、この世界にきて間もないオレが口出すほど無神経になれない。


 それ以上オレに何も求めず、ぐしゃりと頭を乱暴に撫でたレイルに、シンは気遣わしげな視線を向けた。シンは知ってたんだな。レイルの父親である王弟が、冤罪で殺された悲劇の人じゃなかったことを。


 いきなりよその王室の裏事情を聞かされたのに、リアムもシフェルも驚きは少ない。この世界の情報の早さを考えれば、ある程度の事情は把握していた。座ったシーツの上にごろんと横倒しに寝転ぶ。別に具合が悪いわけじゃないが、いろいろな感情を持て余していた。


 教えてもらえなかったのは当然だと思う。だからそこに不満はないが、自分の考え方がいかに平和な世界に馴染んでいて甘いかを突き付けられた。性善説に基づいて生きてきたわけじゃないのに、宗教家の甘言に似た気持ち悪さを覚える。


 人を殺して気にしないようなオレが、よく前の世界で暴発しなかったな。無意識に指輪の上を手でなぞる。赤い宝石は冷たくて、濁った色をしていた。カボションだっけ? 丸い半円形にカットされた宝石の表面はなめらかで、全体的に楕円形だ。


 装飾が施された地金より冷たく感じる宝石が、まるで血の塊のような気がした。この指輪をめぐって、何らかの争いが起きた過去もあるんじゃないか? レイルが知るより前から指輪が存在していたら、この指輪の持ち主が必ず頂点に立つなら殺して奪おうとする奴もいたはず。


「レイル」


 名を呼んで身を起こす。まっすぐに彼の瞳を覗き込んだ。薄氷色の淡い瞳の色は、感情をあまり滲ませない。王族として育った期間より、孤児の時期の方が長い彼が感情を表に出さず誤魔化すのは、己の身を守る手段のひとつだろう。


 数歩近づいて膝をついたレイルは、その間一度も視線をそらさなかった。目の高さが近くなったことで、オレは緊張に乾いた喉を鳴らす。


「どうして、指輪を渡したの?」


 外せなくなる危険性があるのに、オレに嵌めた。異世界人で常識知らず、この世界で英雄扱いされようが元はチキンなお子様だ。どうしてオレの指に嵌められると思った? 抜けるかもしれない。せっかく保管していたのに紛失する可能性も高い。それでもオレを選んだ理由が知りたかった。


「……セイ」


 声をかけたリアムが立ち上がり、止めようとしたシフェルの手を払って歩み寄る。反射的に視線を向け、手を伸ばしてリアムを隣に座らせた。再びレイルに視線を戻すと、彼はもう目を伏せている。


「アイツと正反対だからだ」


 レイルの言う『アイツ』とは父親だろう。前王弟とオレが似ても似つかないから、オレに譲った? 辻褄が合うような設定だが、おそらく後付けされた理由だ。


「違うと思うな。そんな曖昧な理由で、レイルがオレに渡すわけがない」

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