59.拡大する戦場(3)

 この世界で傭兵が使い捨てならば、きっと作戦を最初から説明する指揮官は皆無だろう。すぐに武器を片付けて寄って来た連中に地図を拡大して示した。


「赤い点が敵、白い点が味方。見れば分かるとおり、敵の数はこちらの2倍だ。塹壕は水溜りになったし、足元がぬかるんで戦いにくい上、もう川を氾濫させる手は使えない」


 悪い情報を先に提示しておく。ざわめく彼らを見回して、再び声を張り上げた。


「そこで敵を一箇所に集中させる作戦をとる。敵が散らばったら、数が少ないオレ達は包囲殲滅されてしまう。こことここに塹壕を新たに作る。皆はそこで迎撃の態勢を整えてもらいたい」


 こちらから見るとV字になるが、敵から見るとハの字になる形だ。新しく掘る塹壕の位置を地図に線で引いた。その塹壕に彼らは潜むことになる。もちろん敵を集める囮は中央、Vの尖った先端部分に置く必要があった。


「ここの中央にオレが陣取る。敵にボスが子供だと報せれば、必ず中央へ兵を集中させるはずだ。両側から敵を挟み撃ちで殲滅して欲しい」


「その作戦は1度しか使えないぞ」


「失敗したらどうするんだ」


「どのタイミングで動けばいい? 指示は」


 立て続けに出た質問へ、オレは頬を緩めた。この場に置いて逃げようという選択肢が出てこない。つまり彼らの戦意はまだ高いのだ。この士気の高さを利用しない手はない。


「オレが小さな火花を打ち上げる。それが合図だ。それまで気配を殺して、出来るだけ目立たないように隠れててくれ」


「敵が早かったら?」


 ジャックが不安要素を口にする。


「オレが正面で戦うだけだ」


 あっさり返す。もちろん聖獣で空へ逃げる手はあるし、銃弾を弾く結界も持ってるからほぼ無敵だった。だがそれを口にする必要はない。せっかく盛り上がってる気分を台無しにしてしまう。


「いいのか? そんな杜撰な作戦で。裏切られても知らないぞ」


 呆れ顔のレイルが忠告してくる。


「だからさ~、こうやって作戦会議してる時間が惜しいわけ。塹壕掘りが間に合わないと作戦が無駄だろ。オレがただ敵の前に放り出されるだけになっちまう」


「キヨ……おれは裏切らないぞ」


 なぜかジャックが宣言してきた。ノアも頷いている。彼らを疑う気はないから素直に頷いた。だが周囲の傭兵達はどこか不安そうな顔で互いにひそひそ話を続けている。倍の敵に対して、こんな子供が指揮を執るのだ。前の戦いは運よく勝てたが、今回はわからない。


 簡単に使い捨てにされてきた傭兵だが、彼らだって指揮官が信用できなければ戦場を放棄して逃げる権利くらいあるだろう。


「オレを見捨てて逃げるのも方法だし、敵に合流するのも自由だ。もちろん、作戦通りいって勝つのが一番被害が少ないけどね」


 今から塹壕を掘るとして、魔法でも少し時間がかかるか? どのくらいの魔力量を消費するかわからない上、イメージだけで成功するかもぶっつけ本番だ。正直、不安しかなかった。

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