308.婚約式の前にプロポーズ(2)

 目を潤ませたリアムが微笑んで「はい」と頷く。薄化粧をした頬に、一筋の涙がこぼれ落ちた。美しいな。見惚れてしまう。彼女が差し出した指先に唇を当て、正式な婚約者として振る舞った。


 今日のリアムは淡い桜色のドレスだ。先日作らせた義家族への挨拶用のドレスに手が加えられている。新しいドレスも注文したのに、これをリメイクしてくれた。その気持ちが嬉しい。オレが贈ったドレスを気に入ったという意思表示だろう?


 外側に加えた透けるレースの飾りには、所々に宝石が飾られていた。薄紫や紅の石がきらきらと光を弾く。黒髪にピンクって似合うんだな。微笑んで彼女と腕を組んだ。肌も真っ白じゃなく象牙色だから、柔らかなパステルカラーがよく似合う。薄化粧も品よく、顔色良く見えるように乗せられて、肌を彩っていた。


 こんな美少女が、オレの嫁になる。異世界に来て一番の幸せだ。顔を上げてもオレの目は彼女に釘付けで、促されてようやく祭壇の前に立った。すでに彼女自身に誓ったオレだが、改めて並べられた誓いに同意する。隣のリアムも同じだった。宣誓は彼女の方が先で、これは地位の高さで順番が変わるらしい。


 祭壇へ続く階段を、聖獣達が思い思いに占拠する。5匹が揃うことは過去にないため、王侯貴族が目を輝かせていた。美しい透かしと飾りが施された婚約の契約書に署名する。美しい彼女の文字の隣に、やや右上がりの綴り。何度も練習した甲斐があり、それなりにサインっぽく仕上げた。


 腕が疲れるまで書いたサインも、今回のためと思えば辛くないか。頬が緩んでしまうのを引き締めながら、聖獣を神に見立てて誓う。神様という宗教概念がない世界に、オレが持ち込んだ考え方だった。今後は流行るかも知れない。


 そしてもう一組、書類が用意されていた。こちらも内容にさっと目を通して署名していく。今度はオレが先で、その下にリアムが書く形だった。


 進み出て書類を確認した宰相ローゼンダール女侯爵ウルスラが、書類をかざした。


「ここに、北の王家の第二王子であられるキヨヒト・リラエル・セイ・エミリアス・ラ・シュタインフェルト殿下が、中央の皇族として養子縁組が成立したことを宣言する」


 噛みそうな名前をすらすらと読むのは、この世界の貴族の嗜みだろうか。ウルスラが最初に掲げたのは、二枚目の書類だった。こちらは養子縁組、北の王子から中央の皇族として正式に籍を移すものだ。


「重ねて、皇帝ロザリアーヌ・ジョエル・リセ・エミリアス・ラ・コンセールジェリン陛下、皇子キヨヒト・リラエル・セイ・エミリアス・ラ・コンセールジェリン殿下、両名の婚約を宣言する。本日この時より、御二方は正式な婚約者となられた」


 ここで一斉に拍手が送られた。振り返って一礼するが、皇族になったので会釈程度だ。頭のつむじが見えるほどの礼は不要になった。皇子になったことへの気負いはない。オレが重要視するのは、リアムの正式な婚約者という点だった。


「リアと呼ばせてくれる?」


 リアムは亡くなった義兄の呼び名で、彼女の愛称じゃない。もう隠す必要はないから、彼女だけの愛称で呼びたかった。微笑んで囁くと、嬉しそうに頷く。彼女の黒髪に飾られた大きな髪飾りは、銀の繊細な細工に青と紫の魔石が散りばめられていた。ドレスに合わせてピンクでもいいのに、そう思いながらオレの簪も青なんだけどね。


 微笑み合うオレ達に送られる拍手は途絶えず、ただただ幸せな時間に酔いしれた。

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