148.赤い指輪が示すもの(3)

「これはまた……しっかりしておいでだ」


 褒めてるのか? 首をかしげて顔を上げれば、シフェルが慣れた所作でお茶の準備を始めていた。クリスティーンは大人しくリアムの後ろに立つ。ドレス姿に着替えても、騎士の姿勢の良さは健在だった。ぴしっと立つ凛々しい金髪美女は、さりげなくスカートの影に武器を隠し持つ。


 わざと足音を立てたレイルが、胸元から取り出した煙草を揺すった。甘い香りのする麻薬みたいな煙草を咥えると、にっこり笑って窓際へ退散する。開いたテラスのドアに寄り掛かり、窓の外を窺うように見回した。


 全員が用心する中、オレは奇妙な違和を感じている。


 この人、本当に断罪される敵なんだろうか。もさっと生えた白い髭を撫でながら、苦笑いして「嫌われましたな」とぼやくお爺ちゃんに、警戒心が働かない。この世界に来てから、本能めいた感覚に助けられてきた。


 殺気を感じたり、ぴりぴりと肌を焼くような感覚だったり。魔力感知もそうだが、過去の人生で働かなかった器官が敏感になった気がする。経験したことのない感覚は、常にオレを助けてきた。その警戒心が働かないことが、オレの本能で直感なら……。


「その指輪を見せていただくのは構わないでしょうか」


 ご年配の方に丁寧な口調で語りかけられると、尻のあたりがむず痒い。貴族だから階級社会なら当たり前だし、慇懃無礼な態度の奴相手に感じない。この老人の丁寧さは、傭兵連中が敬語を使えるようになったらこんな感じかも? と思わせる武骨さが滲んで嫌えなかった。


 ふわりとベッドの天蓋に使われた薄絹が揺れる。窓を開けて煙草を咥えたレイルの裾が風に揺れ、部屋の温度をひんやりと感じさせた。


 全体にクリーム色を基調とした部屋に、アクセントとして濃紺が使用され金細工の金具が光る。高級ホテルの部屋に似た感じだ。この部屋は靴脱ぐの? って入り口で躊躇う類の高級さだった。庶民のオレは気遅れしてしまう。言ったら笑われそうだけど。


 ソファは濃紺で、金色の飾りや猫足がついたものだ。長椅子の中央に陣取ったリアム、斜め後ろに控えて立つクリスティーン。反対側の長椅子にレイルとシンがいたが、今は左側にシンが座っている。お茶を用意したシフェルが無言で並べていく。


 通された室内に残る椅子はお誕生席の1人掛けだが、当然ラスカートン侯爵が座れるはずはなく……申し訳ないが立たせた状態だった。このメンツの中だと侯爵家が一番立場低いってのも、階級社会で異常なVIP部屋だと思う。


「どうぞ」


「あ、外すなよ」


 レイルが慌てて口をはさむ。そういう大切なことは先に言え。危うく外して手渡すところだった。焦りながら手を前に出す。手前に膝をついた老人は体幹がしっかりしているようで、ぐらりと無様に揺れることはなかった。 やっぱり軍属だったかもしれない。


「失礼いたします」


 騎士の立ち振る舞いに近い動きで、膝をついた老人はオレの手を下から支えた。姫君の手を取る騎士っぽいが、少年と老人なので絵にならない。


 オレの手を傾けて石や装飾の枠をじっくり確認し、彼はひとつ大きく息を吐いた。指輪の手ごと持ち上げ、額の高さで捧げ持つ。それからベルナルドは周囲に響く声で告げた。


「我が君に忠誠を」

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