138.やっと夜会にたどり着いた(4)

「うん、頼む」


 迷った末、歩かないからと足元をめくった。漢服の礼装によく似た民族衣装は、一口で言えば着物に近い構造だ。礼装だから上は着物、胸のすぐ下からスカートみたいに布を巻いてベルトに似た帯で留める。前垂れの布をまくって足を差し出せば、レイルは「麻酔代わりだ」と甘い香りの煙草を寄こした。


 受け取って吸い込むと、煙たさより酩酊感に似たふわりとする眩暈に襲われた。人生初めての煙草だが咽ることなく、思い切り吸い込んでいた。麻薬って……こんな感じなのかな。ぼんやりと考えながら足元に目をやると、太腿にクッションが当てられトリガーに指がかかる。


「本当にいいんだな?」


「必要だもん」


 にやっと笑えば、肩を竦めたレイルがトリガーを引いた。音はくぐもって響かず、代わりに痛みが……思ったよりない。ちょっと太い針が刺さった程度で、逆に怖くなった。


「やばい、痛みがないのって……神経やった?」


「おれの腕前に対する侮辱だぞ」


 くつくつ笑いながら、レイルが短くなった煙草を取り上げた。


「あと吸い過ぎ。効きすぎて目が潤んでやがる」


 揶揄う口調で頬に手を這わせ、覗き込んだレイルが「バッドトリップじゃねえよな?」と心配そうに呟いた。何でもいいや。痛みが薄れたのは幸いだった。


「ヒジリの治癒能力はまだあまり知られてないから、これで誤魔化せると思う」


「キヨ、自分の身をもっと大切にしなさい。それと……血の臭いなら少し皮ふを切るだけでよかったんじゃないか?」


「……今頃遅いよ、お兄ちゃん」


 その提案を先にして欲しかった。狙撃された設定だから撃たれないと! って思ったけど、確かに人前でこの衣装を捲って、王族が肌見せるのおかしいじゃん。ちょっと血が滲む程度でよかった気がして、失敗したと肩を落とす。


「シンの言う通りだ。おれもうっかりしてた」


 げらげら笑いだしたレイルも、麻薬めいた煙草のせいでおかしいようだ。いつも吸ってるから慣れてるんだろうけど、まだぐらぐらする。足元が柔らかく地に足が付いてない感じを味わいながら、ヒジリの上によじ登ろうとした。


 ケガした時に、普段使わないと思ってた筋肉を使って痛い思いすることある。逆に力が入らなくて苦労したことも……あれと同じ現象が起きた。簡単に登れると考えたのに、足を持ち上げられず転がりそうになる。


 しゃらんと鳴った飾りの音で気づいたシンが受け止め、優しく抱き上げて黒豹の上に乗せてくれた。ぺたりと首に抱き着くと、艶のある黒い毛皮が冷たくて気持ちいい。


『主殿、その煙草は今後止めた方がよいぞ』


「うん。もう吸わない」


 ふにゃふにゃ笑いながら、適当に約束した。迎えに来た騎士に先導され、大広間へ続く扉の前に立つ。もう待っている貴族はいないらしく、扉を守る衛兵以外は誰もいなかった。ゆっくりと扉が開き、正面奥の玉座までまっすぐに赤い絨毯の道が開かれる。


 ――さあ出陣だ。

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