323.断罪劇よ、再び燃え上がれ(2)

 素直でよろしい。立ち上がって手を差し伸べ、少年を起こした。与えられた椅子に今度は大人しく座る。少年はごくごく普通の、そこらにいそうな子供だった。育ちは良さそうだが、貴族特有の傲慢さはない。


「オレが知る調査結果だが、両親をそこの叔父に殺されて、爵位と領地を奪われた……で合ってる?」


「はい。爵位と領地、両親……あと妹がいます」


「妹?」


 レイルの表情が変わった。なんか似たような状況だったもんな。まあ、レイルの場合は自分の親が悪いんだが。


「妹は連れてかれて、何度も取り返そうとしたけど」


 うまく行かなかった。裁判が行われると知って、最後のチャンスに賭けたんだろう。ここにオレがいたのが、運の尽き……あれ? 幸運か。叔父とやらにとって運の尽きだった。


「妹は取り返してやる」


 赤毛の短髪を乱暴にかき上げる王族服のレイルに、少年は丁重に頭を下げた。お願いしちゃって、了承しちゃってるけど。オレの立場がないんですが? レイルのセリフ、オレのだよね。じと目になるものの、レイルはどこ吹く風。気にしていなかった。


「パパ!」


 手をあげて、進行中の裁判を一時中断させる。手元の資料を自ら運んで、国王ハオの手元に広げた。


「お願い、これも裁いて?」


 あざとい? 承知の上だ。外見の利点は、最後まで美味しく活用するのがマナーだぞ。


「プリンシラ侯爵を名乗る者よ、そなたの爵位継承に異議申し立てがあった。ゆえに爵位剥奪は一時保留とする」


 勘違いしたらしく、喜ぶバーコードのおっさんに、オレが事実を突きつけた。


「あんたから爵位を剥奪するのは決定事項」


「なぜだ! 今、国王陛下が」


「うん。義父上の言葉を都合よく解釈したみたいなんで、訂正しておくよ」


 公式の場仕様で呼び方を変えたところ、国王陛下からクレームがあった。


「パパだぞ」


「……わかった、パパ」


 イタリアのマフィアが呼ぶ「パーパ」なら権力者的な意味だから、と自分に意味不明の言い訳をしてみる。人前でパパ呼びは幼い感じがして恥ずかしいのだ。中身24歳だしね。もうすぐ25歳になるからね。


「パパが侯爵を名乗る者よって言った意味も理解できないのかよ。もう侯爵じゃないと断言したんだけど」


 こういう口喧嘩っぽいやり取りは好きだ。勝てる時は余計に気分がいい。にやにやするオレの足元で、青猫がクネクネと腹を見せて誘う……今は忙しいから後で! あ、と、で。存分にスーハーしてモフるから!


「あんた、爵位が欲しくて兄夫妻を殺したんだろ? 罪は償わなきゃな」


「冤罪だ」


「ふーん、強盗が入った夜……侍従達はあんたの姿を見ている。だがあんたは酒場にいたと友人が証言した。なるほどね、でもってその友人がニクラ伯爵ってわけか」


 思わぬ場所で繋がった。ニクラ伯爵はさきほど、詐欺の主犯で捕まったばかりだぞ。レイルの詳細な調査結果を読みながら、呆れてしまった。もっと信用できる奴を証人にしろよ。まあ、この国の貴族はほぼほぼ腐ってたから、同類しかいなかったと思うが。


「あのさ、証言って相手の地位や言動に信憑性がある場合に有効なんだよね。詐欺の主犯が見たと証言しても、信じる人いないじゃん」


 裁判官の机に肘をついて講釈垂れる間に、腰に回された手に引き寄せられて膝に乗っていた。国王ハオ、こういう場面で手が早いし、抜け目ないな。


「当時は伯爵だ」


 証言した時はまだ伯爵で、地位があった。そう言いたいのか? ならば追加情報をやろう。


「酒場に勤めてる奴は誰も、あんたの姿を見ていない。頭がバーコードなら目立っただろうな」


「帽子を被っていた!」


 オレとレイルは顔を見合わせ、大笑いした。酒場と濁しているが、場所は貴族用の会員クラブだ。帽子もコートも入り口で預かるのがルールだった。過去に乱闘騒ぎがあったので、ステッキすら持ち込み禁止だ。


「規約違反で即、外へつまみ出される案件だろ」


 レイルがからりと笑う。この時点で論破どころか、結論が出ちゃうぞ。呆れ顔のオレは、パパのお膝で脱力した。

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