34.夢オチが怖いので抓ってみた(3)

「すっごい、綺麗! リアム、やっぱり美人だなぁ。惚れ直しちゃった」


 素直に賛辞を口にした。花に喩えたりなんて洒落た言い回しは知らないが、思ったままを真っ直ぐに告げる。ヒジリを押しのけて立ち上がり、ちょっと痺れた足で駆け寄った。


 手が触れる直前で立ち止まり、ひとつ呼吸を落ち着けてから膝をつく。礼儀作法のマナー教室で習ったとおり、差し出した手にリアムが手を重ねたあとに立ち上がり、触れるぎりぎりの距離を保ちながらテーブルへエスコートした。


 今までと違う緊張感がある。微笑ましい子供同士のやりとりを、侍女達は笑顔で見守ってくれた。侍女達は着替えや湯浴みも手伝うので、女性という秘密を知るようだ。すぐにリアムをドレスに着替えさせた様子から、普段人前に出ないときはドレスを着ていたかも知れない。


 椅子を引いた侍従の動きを待って、リアムを座らせる。隣の椅子に腰掛けても、視線が横顔から離せなかった。


 この美人が、あと数年でもっと美人になって、綺麗なお嫁さんになってくれる。


「リアム、本当にオレでいいの? あとでヤダとか言われても困る」


 今のうちに言質をとっておきたい。これで数年後に「こっちがいい」と別の男を連れてこられたら、めげるどころじゃない。ショックで禿げ散らかすかも。


 夢オチは怖いので、隠れて腿のあたりを抓ってみる。大丈夫、滅茶苦茶痛い。奇妙な行動をするオレを、机の下でヒジリが生温かい目で見守った。


「セイを選んだのは、私だ」


 公的な場では「余」、いままでは「俺」だった。女性らしい「私」の一人称がくすぐったくて、リアムは頬を染めたまま笑う。心配性の婚約者(仮)が心から喜んでくれてると伝わって、手放したくないと願っていると知らされて、舞い上がりそうだった。


「よかったですわね、ロザリアーヌ様」


 ん?


 聞き覚えがない名前に動きが止まる。ゆっくり首を傾けて、それから隣のリアムをじっと見た。同じ方角に首をかしげたリアムが、気付いた様子で頷く。


「私の本当の名前だ。ロザリアーヌ・ジョエル・リセ・エミリアス・ラ・コンセールジェリン」


 以前聞いたとき「ウィリアム・ジョゼフ(以下同じ)」と名乗っていた。女性名を男性用に変更したとしたら、上の2つが名前、その後ろは称号や皇族としてのファミリーネームなのだろう。


 かつての疑問もすっきり解けて、なるほどと頷いた。


「ウィリアムのリアムかと思ったけど、ロゼリアーヌも同じ略し方するんだ?」


 両親がそう呼んだと聞いていたので、「リアーヌ」のあたりが変形したのかと考えながら呟く。すぐに侍女から訂正が入った。


「いいえ、ウィリアムのお名前は亡くなられた前皇帝陛下のものですわ」

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