14.愛称は重要でした(2)

『陛下っ!!』


 いつまで待たせると言わんばかりの低い怒りの声が届き、さすがに笑っている状況じゃないと焦る。扉を開いて顔を見せれば、まだ向こうからは認識できないようで、イライラするシフェルが見えた。


「怒っているか?」


「かなりね」


 顔を見合わせ、叱られる覚悟を決める。せいの、でタイミングを合わせて飛び出した。シフェルからどう見えたのか、突然現れただろうオレ達に目を留めると大股に歩いてきた。


 薄暗い林の中、大柄な騎士に見下ろされる。腕を組んで怒りを露にした彼に、何も言えずに俯いた。断罪されるのを待つ罪人の気分だ。


 ところが隣のリアムはけろりとしていた。もしかして常習犯か?


「陛下、キヨ」


 身体を硬くして次の言葉を待つ。風が吹いて解けた髪を揺らした。厳しい顔をしたシフェルはまずリアムの身体に触れて安全を確認し、オレの無事も確かめ、がくりと膝をついて項垂れる。


「ご無事で……」


 良かったと最後が溜め息のように吐息に溶ける。声にならない部分が、本当に心配させたのだと気付かせた。悪いことをした気がして、リアムと顔を見合わせる。


 狙撃事件の直後にここに来てしまったから、近衛隊長のシフェルはかなり心配しただろう。人払いを命じたリアムの心境を思いやり多少落ち着くまで時間を置いて、それでも顔を見せないので不安になったらしい。


 そんなに長い時間もっていた気はないが、外は少し日差しが傾いている。行方を晦ましていたのは、短くても1時間以上だった。


「ごめん」


「すまなかった」


 それぞれに謝罪を口にすると、はぁ……と大きな溜め息をついたシフェルが身を起こす。眉根を寄せて手を伸ばし、いきなりオレの髪をつかんだ。反射的にその手首を掴んでしまい、互いに硬直する。


「髪が伸びていますね、魔力を使いましたか?」


 魔力を使うと伸びるのが早いと聞いたが、やはり他人から見てもわかるほど長いよな。使ったと思うのだが、自覚がないので答えようがなかった。


 隅々まで丁寧に庭師が作り上げた人工的な林の中、木漏れ日を浴びながら立ち尽くす。


「戻るぞ」


 空気を読まないリアムが先に立って歩き出し、慌てて髪を離したシフェルが斜め後ろにつく。どこを歩いたらいいかわからず慌てて駆け寄ったオレに、リアムが右手を伸ばした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る