104.自動翻訳は便利だがバグる(3)

口を噤んだシフェルの察しの良さはさすがだ。ウルスラも警戒しながら話を聞いている。


「王太子は簡単に挿げ替えがきくの?」


「王族、皇族は国の要ですから他家に王座を譲って終わり、はありません」


 ここまではオレが習った歴史や法律の書物の通りだ。ただの権力を持つ一族ではなく、血の契約をもって国の土地と契約しているのが王族であり皇族だった。そのため操ることはあっても、殺して血筋を断絶させる愚を犯す者はいない。


「ここからはレイルにもらった情報を混ぜるけど、北の国の王族に他の王子はいない。つまりあの王太子は継承権を持つ唯一の男児だ。だから『人質』としてオレ達が保有する限り、攻めてくることは出来ないんだ」


「そうですが」


「しかも北の国で彼は人望がある。つまり手元に置いて飼い慣らし、逆らったら殺すぞと脅しをかける材料になるってこと。非道な方法だけど、オレがいた世界にあった考え方だよ。これが『人質』って言葉の意味」


「ヒトジチ、怖い言葉ですね」


 毒殺未遂で置き去りにされた単語を説明し、ひそひそ話を始めたウルスラとシフェルの結論を待つ。正直、心配はしていない。殺すメリットがほとんどないのだから。殺したら恨まれて北は残存兵力をかき集めて攻め込むだろう。何しろ王族が滅びること確定で、数十年で現王が死んだら土地の契約が消える。


 生きたまま捕獲するデメリットは、逃げられる心配だろう。そこはきっちり傭兵とオレらで面倒見るのが役目だ。戦闘能力が高く融通が利く傭兵は、契約が命だ。オレと雇用契約を結んだら仕事はする。逃がす手助けをされる心配もなかった。


 まあ、逃げられても追いかける方法は別に考えてるけどね……いわゆる魔法のGPS機能。使いたくない方法だが、使うときは躊躇わないように覚悟しておかないと。


「セイは余よりいろいろ考えているのだな」


 なぜか隣で嫁が落ち込んだ。しょぼんとした様子で俯く彼女の手を取って、しっかり指を絡めて握りしめる。いわゆる恋人繋ぎでその指背に接吻けた。小指から薬指、中指、人差し指に来たところで、ようやく美人さんがオレを見てくれた。


 蒼い瞳がぱちくりと瞬いて、驚いたように息を飲む。


「オレは常にリアムのことを考えてる」


 リアムを守る為に勉強したし、リアムの隣に立つ権利を得るために戦って、リアムと暮らす世界が平和であるように意見する。オレの言動は、平和で穏やかな世界で彼女と笑って暮らしたいというささやかだけど、どこまでも傲慢で贅沢な願いに基づいている。


「そこまでですよ、キヨ。距離が近すぎます」


 止めに入ったシフェルに舌打ちしたオレの足を、ブラウが踏みつけて歩いて行った。

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