12.淡い自覚(2)

「もうすこし我慢してください。あの方にお会いするのなら、必要ですから」


 鏡に写る拘束具……ならぬ、宝飾品を睨み付けるオレを宥める声がかかり、目の前に手が差し出された。白い手袋を嵌めた手に、大人しく従って右手を乗せる。


「内々の集まりですから、礼儀作法は最低限で結構です。ただし魔力を使ったら、即斬り殺されても文句言えません」


 いや、即斬り殺されたら死体だから文句言えないけど……なんて茶化す場合じゃなさそうだ。真剣なシフェルの声色に「わかった」と返した。


 皇帝陛下の前で魔力を使うのは、きっと反逆罪に該当するんだろう。攻撃の意志があると看做みなされる。ここまでは理解出来たので頷く。





 倦怠けんたい感と戦いながら廊下を歩いて庭に出た。鮮やかな緑が広がる庭は、ところどころに花壇がある。赤や白、黄色、青など色取り取りの花々が揺れる花壇の間を横切り、左側奥の薔薇のゲートをくぐった。


 良く見るとこの薔薇、つるが動いている。蔓薔薇の一種なのだろうが、生き物のように動きながら虫を捕獲した。


 こわっ、ホラーじゃん。花は普通に薔薇だけど、この世界の薔薇ってすべてこれ? 


「ん!?」


 思わず開いた左手で目を擦る。しかし開いた目に映った光景は、先ほどと大差なかった。薔薇の赤い花に惹かれて飛んできた蝶をぱくり……蔦の先が口みたいに開いて食べてしまう。


 薔薇じゃなかった。いや、薔薇なのかも知れないが、オレが知っている薔薇じゃない。しかも食虫植物じゃね? そういやノアが見せてくれた『異世界人の心得』に、植物の中には魔力を持つものがあるとか、ないとか。読んだのか、聞いたのか。


 あやふやな記憶を探りながら、薔薇のゲートの先に進む。


 幸いにして足元の芝は普通の植物らしい。特に口がある蔦が出てきたり、攻撃してこなかった。当たり前の事実にほっとする。


 この世界に来てまだ数日だけど、展開が早すぎて頭が混乱していた。


 最前線でいきなり人の頭を撃ち抜き、疑われて拘束され、誤解が解けたら誘拐で売られかけ、再び人を殺して逃げ、ついでに煉瓦の建物を一棟溶かした。そしたらシフェルに攻撃され、捕獲されて目が覚めるとおっぱいに顔をうずめて――うん、クリスが奴の嫁なのは信じられんが――シンカー本部を半壊させたら皇帝陛下と謁見。しかも陛下が美人すぎて一目惚れしたあげく、お茶会にお呼ばれときた。


 自分に起きた事柄だけなのに、どうしてこんなにボリュームがあるのか。

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