186.そこ、規律を乱さない!(2)

 食べ終わった奴が数人手伝いに入り、スモモに似た甘酸っぱい実を切る。傭兵は一般兵士より近接戦闘に長けていた。そのため人殺しの技術のひとつとして、ナイフの扱いが上手い。くるくるとよそ見しながらも皮を剥いて並べると、奥さん達が手を伸ばしてカットした。


 集まった子供や自分の家族にも食べさせながら、女性達は首をかしげる。


「あんたら、変な集団だね」


「ご飯は一番大事でしょ」


 にっこり笑って、奥さんの言葉を受け流す。占領軍が攻めてくると聞いたのに、実際に来たのは美少年率いるゴツい集団で、大量の傭兵団だった。略奪が始まると警戒する間もなく、外に捨てられた南の兵士を巻き込んで城を落としてしまう。


 傲慢に振る舞い搾取するだけの王子や貴族を牢にぶち込んだ時は、住民達もすっきりした。家族の仇を討てたと泣く人や、娘や妻に手を出された男らの興奮した雄叫びも響く。ここまででも十分なのに、王都からの転移魔法陣を地面ごと陥没させて壊し、これから王都へ攻め込むという。


 聖獣や二つ名持ちの傭兵を従え、戦いに特化した子供かと思えば……手慣れた様子で料理を始める。率先して働き、街の住人にも振る舞う奇妙な奴――オレの評価を淡々と語る奥さんは、フライパン片手に勇ましい姿を見せた女性だった。


「オレはこの世界の常識に従わない。ただやりたいように生きる」


 夢を語る口調で、相手を特定せずに問いかけを発した。


「傭兵が野蛮だって誰が言い出したの? 孤児を放置するのはどうして? 貴族や王族はそんなに偉いのかな。逆らわないで従う理由なんてないのに。聖獣はこの世界の守り手なのに、滅多に契約しないのはどうしてだろう……答えられる人、いる?」


 傭兵連中は「また始まったぞ」と苦笑いして果物で口を塞ぎ、聖獣はそれぞれに毛繕いや昼寝を始める。面白そうな顔で付き合うのはレイルだった。


「傭兵差別は、孤児を見捨てた裏返しじゃねえか? 差別された傭兵が乱暴を働いた事例はほとんど報告されてない」


 情報屋らしく、きっちり理詰めで返してきた。にっこり笑って、レイル相手に話を続けた。


「王族や貴族だって人間だ。なのに従う理由はあるの? それは正当で、絶対に覆せない?」


「生まれる前から決まってた」


 周囲の全員が従うから正しい、そう言い切ったリシャールへオレは肩を竦めた。皮を剥いたリンゴを、両手で掴んで齧るスノーの頭を撫でる。


「疑問を持たなかっただけだろ。だって楽だもん」


「違うっ!」


 神経を逆撫する言葉を選んだオレに、リシャールが勢いよく否定した。楽を選んだと言われて歯軋りするくらい、悔しい思いを積み重ねて……でも貴族を倒そうとしない。


 この世界が膿んでいる一因だった。世界観が固定されて、中世ヨーロッパみたいな階級が根付いてしまった。これは神が革命を起こそうとしても、新しい技術を投入しようと動かなかった根っこ部分だ。


「オレはすべての聖獣と契約した。その意味がわかる? この世界の誰も契約出来てないのは、あんたらが惰性で現状を生きてるからさ」

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