186.そこ、規律を乱さない!(3)

 身を起こしたヒジリが、かぷりと手を噛む。多少血が滲むが甘噛みの範囲だった。ぺろぺろと血を舐める間に傷は癒えたが、何を思ったのかコウコも腕に噛みつく。牙が刺さった肌をオレは無造作に舐めた。すぐにヒジリが治癒する。


「彼らがオレの血を欲しがるのは、契約で魔力を共有してるからだ。オレも最近気づいたんだけどね」


 偉そうに語ったものの、全員と契約するまで気づかなかった。興味深そうにメモを取るレイルに、情報を追加する。


「そうそう、聖獣に噛まれるのが名誉って習慣も、契約者が噛まれるのを見て羨んだ結果だと思うぞ。聖獣にとって契約者以外の血は意味をなさないからな」


 後ろでマロンが羨ましそうに足を踏み鳴らす。そういえば、こいつだけオレの血を飲んでないんだっけ。無造作に手を差し出すと、指先じゃなくて肘のあたりを噛まれた。肉が薄いところは痛いからやめて。唸ると、べろりと首筋を舐められた。


「結構痛かった」


 ぼそっと文句を言い、膝の上のスノーにお願いする。


「スノー、こないだの果物とってきて。あの芋虫みたいの」


『行ってきます!』


 膝の上から足元に飛び降りたスノーが、ご機嫌で影に飛び込む。その姿を見送った傭兵達が、我関せずの姿勢を崩した。


「キヨ、もしかしてキベリか?」


「やった!!」


「おい、他の奴にも声かけてこい」


 高級フルーツの名前に興奮した傭兵の一部がテントの下から、わらわらと街の方へ向かう。あまり散らばると後が面倒だ。


「こら、そこ! 規律を乱さない。各班長に行き先を申告すること」


「「「了解」」」


 了解は使っちゃダメだろ。以前にも教えなかったっけ? 眉をひそめたオレの横で、レイルが大笑いしていた。


「おまっ、ガキの引率者みたいだぞ」


「外見は逆なのにな」


 引率される側のガキが、ガタイの大きな連中を纏めてる姿は確かに異常だ。リシャールは驚いた顔してるが、軍として動いている以上報告義務はあるからな。オレが動くとき、何人か行方不明だと置いていくことになるし。ホウ・レン・ソウは大事ですよ。


 近所の勇敢な奥様を通じて振舞った食事を堪能した南の兵士は、リシャールほど疑り深くないようだ。オレはすっかり「いい人」枠に収まったらしい。敵対する国の侵略軍のトップなのに、穏やかな目を向けられていた。餌付けって、人間にも有効なんだな。


 ふと気になった。属性って外見で区別つかないのに、絶対のものだ。成長速度や得意な魔法にも影響する。それって……なんだろう? 尋ねても「そういうもんだ」で返されるとわかってる疑問は、頭の隅にこびりついて離れなかった。

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