331.犯人を追うか誘うか(2)

 宮殿内を自由に歩き回った。自分が透明になっても、物にぶつかるし躓く。当然刃物も当たれば切れる。相手に自分が見えないだけで、実体は存在するのだ。いわゆるSFで見かける、視覚を歪ませるイメージだった。


 前に観たテレビ番組で、透明人間を作り出す理論をやってた。本当に透き通ってどこでも通過できるのは幽霊で、物体はあるけど見えないのが透明人間。オレの認識ではこの分類だ。だから足音も立てないように、音を消す結界を足した。


 何かを踏んづけた時に叫んでも聞こえないように。普通なら自分の姿が相手に見えているから、向こうから積極的にぶつかってくるケースは少ない。嫌がらせで貴族が道を譲らないことは過去にあったけど。今回のように見えない状況だと、前後左右に気を配るので疲れた。


 人の少ない中庭の片隅、茂みにごそごそ潜り込んで座る。休憩しながら、不審な奴がいないか思い浮かべた。食堂や厨房におかしな動きをする奴はいなかったし、侍女達も平常通りだった。執事のセバスさんに頼んで、急に休暇を申請したり休んだ者がいないか、調査してもらってる。レイルがいたら頼んだんだけど。


「……じゃない」


「だが……だっただろ」


 男女が言い争う声に眉を顰める。宮廷の中庭で、痴話喧嘩ですか〜? 茂みの下から顔を出したが、慌てて引っ込めた。あっぶね……侍女のスカートの中覗くところだった。バレないとしても、リアに顔向け出来ないだろ。どうせDTの若造ですよ……小心者で悪いか。


 近づいたことで、会話の声がよく聞こえた。


「あんな大きな騒ぎになるなんて、どうするのよ!」


「知らねえよ、金貨に釣られて協力したお前が捕まるだけじゃん」


「ちょっと! 私、しゃべるわよ」


「じゃあ殺されたい?」


 肌が粟立つような魔力に曝され、思わず飛び出した。茂みを揺らす音に、男女ともに振り返る。咄嗟に口を手で押さえた。それから遮音結界があるのを思い出し、ぼそりと呟く。


「うわぁ……こいつらが犯人? ていうか、追いかけたブラウは何してんのさ」


 犯人そっちのけでどこいった、青猫。女性は侍女、それも今日のお茶を皇帝専属侍女に届けた人だ。ワゴンごと渡したけど、お茶の毒味はされても蜂蜜は触らなかった。なぜなら、男の方は毒味役だ。見覚えがあった。人が良さそうな青年はまだ若く、どこかの子爵家の末っ子だとか。


 末っ子という表現からして、跡取り以外にも上に兄弟がいる可能性が高かった。数人いるうちの一番下、つまり政略結婚もないから、毒味役に差し出されたのか。痴話喧嘩じゃなく、毒殺未遂の犯人なので、ここで捕まえるべきだろう。


 透明マントを脱ぐ時だ! みたいな感覚に陥るが、まだ調査中だ。ここで彼らを捕まえるために姿を現すと、今後の行動に支障がでるかも。


 茂みを揺らした音の原因を探す男の後ろから、侍女はさっさと逃げ出した。気づいて追いかける前に、ちょうど廊下を歩いていた騎士に駆け寄ったので逃げ延びた。知り合いなのか、騎士と親しげに話しながら遠ざかる侍女を、すごい形相で睨みつけた青年はいきなり空中を蹴り上げた。


 うっかりオレの脛を蹴り飛ばしたあと、不思議そうに首を傾げる。弁慶の泣き所を蹴られたため、びっこを引きながら茂みの手前に蹲った。


「くっそ、マジいてぇ」


 打身にも効く絆創膏もどきを貼り付け、肩を落とす。結界内は騒いでも音が漏れないので、悪態を吐きながら青年の背中を睨みつけた。


「ぜってぇ、痛いめ見せてやる」


 毒味役と侍女の会話をメモして、オレはその場を離脱した。ブラウ、本当に何してるんだ? どこへ行った? 頼りにならない迷探偵猫に首を傾げながら、痛む足を引きずって官舎に戻った。

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