55.決着はあっけなく(3)

 飛び込んだ先で、大きなまとに全体重をかけて左手のナイフを突き立てる。すぐに右手のナイフを構え、腹部にも2本目を刺した。空になった左手に、投げナイフを出す。


 飛び退って距離をとったオレの手が、バネのように勢いをつけて振り抜かれた。投げる際に上から下へ振る方法が一般的らしいが、オレの場合は身長が足りない。そのまま下へ振り抜けば、敵の下半身に刺さるのだ。欠点を補うため、レイルが教えた方法は下から上へ、逆に投げる方法だった。


 今刺した男の後ろにいた別の兵に突き刺さる。うまく喉に刺さったナイフが真っ赤に染まった。


「よしっ」


 拳を握って呟く。左手に包帯を巻いてから、新しいナイフを取り出す。最初からこうすればよかったのだが、滑り止めなら手に包帯を巻いたほうが効率的だった。手に縛り付けると落とさないが、突き刺したあとに離脱できなくなる。


 返り血に濡れた手の赤を吸った包帯が、じわりと色を変えていく。


 高揚したり罪悪感に苛まれたりは、まったくなかった。ただ不思議なほど心が落ち着く。運動量は多いのに、鼓動が鎮まっていく感じがした。


『主殿、ご無事か』


「おう、ヒジリ。指揮官と2人くらいやったが、あとは何人だ?」


『……まあ良いか。あと15人だ』


 魔力で敵を感知するため、聖獣の答えは正確だ。どうやら味方が頑張っているらしく、敵は半数に減っていた。


「うぉおおお! しねっ、この悪魔が!」


「これは初めてだ」


 今までにない罵りに、ちょっと感動しながら数歩さがる。それだけで敵がたたらを踏んだ。きちんと利き足に体重が乗せきれていないと冷静に判断しながら、無防備に晒された男の首を切り裂く。返り血が飛ぶ前に数歩横に足を進めた。


 周囲はジャック、ノア、ライアンが守ってくれている。オレが戦っている間に駆けつけた彼らが、それぞれ1人ずつ組み合っていた。特に危ない感じはないので任せ、オレはナイフの回収に向かった。


 さきほど胸部と腹部に刺した男はまだ息がある。見下ろすオレは無表情だった。最初の刃は首に届かないと判断した時点で、一番狙いやすい高さの胸を狙った。しかし心臓に届かないので、肋骨の隙間を滑って刺さる。2本目は出血を促すために腹に刺した。


 前の世界で聞いたことがある。腹の出血は内臓の機能を阻害するらしい、と。だからすぐに処置しなければ、最終的に死んでしまう。


 ゆっくりしゃがんで、もう虫の息の男の腹部からナイフを抜く。血が付いたまま収納口へ放り込んだ。胸に刺した方は深く、柄まで刺さっていた。体重と勢いを利用した刃を抜くのは一苦労だ。


「とどめさすから」


 男の肩に足をかけ、のけぞるようにナイフを抜いた。すっぽ抜けたナイフについた脂と血をシャツで拭い、男の喉を切る。ごぽっと赤い血が口をついて、男の苦しそうな呼吸音が止んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る