55.決着はあっけなく(2)

「ひっ……来るなっ! 化け物が!!」


 叫んで滅茶苦茶に剣を振り回す男の前で、オレはヒジリの背から飛び降りた。指揮官の隣を走りぬけたヒジリの爪が、男の足を切り裂く。悲鳴を上げて蹲った男の黒髪を掴み、強引に顔を上げさせた。彼の手にあるナイフを弾き、返す手でそのまま首を掻ききる。


 ぱっと赤い血が吹いた。噴水のように出続ける血が、ピュ、ピュ、とリズムを刻みながら噴出す。眉をひそめて距離を取ったオレの後ろから、別の気配が近づいた。


「キヨ、後ろ!」


『主殿』


 叫んだジャックとヒジリに、にやっと笑ってみせる。同時に身体を沈めてナイフの刃を掻い潜り、後ろへ転がってから立ち上がった。さっきの黒髪の指揮官は動かない。完全に息の根は止めたはずだ。


 目の前に飛び出した北兵は、ジークムンドに匹敵するガタイだった。大きくて喉まで手が届きそうにない。喉を切り裂く方法は使えないので、仕方なく狙いを切り替えた。苦しんで死ぬことになるから、あまり狙いたくなかったんだけど……。


 ぐっとナイフの柄を強く握る。しっかりつかがあるナイフを選んだのは、混戦では投げナイフは役に立たないと教えてくれたレイルの影響だった。彼の持論によれば、柄がないナイフは自分自身の手を傷つける可能性が高い。混戦では使用しないよう注意された。


 確かに混戦になれば、返り血でナイフのハンドルを掴む手が滑る。自分の指を切り落とす危険性を考えると、確かに柄は必要だった。事実、左手のナイフを包帯で縛り付けていなかったら、濡れた手が滑るだろう。


「このガキが」


 罵りの言葉はレパートリーが少ないな、だいたい同じような言葉を向けられる。のんきにそんなことを考える余裕があった。相手の動きがスローモーションのように見え、これから振り下ろされるナイフの軌道まで読める気がする。


 レイルが様々な相手とナイフ戦の練習をさせてくれたのが、役に立っていた。教官として、彼は本当に優秀で実践的だった。右手にナイフを呼び出し、左手の滑り止めに使った包帯を切る。


「定番すぎるっての」


 傭兵が使う不規則な軌道ではなく、訓練された軍人のナイフは読みやすい。小さな身体を活かして前に飛び込んだ。普通は刃を向けられたら足がすくんで動けなくなるが、オレは同様の訓練を散々やらされた。おかげで考えるより先に身体が動く。

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