275.パパって呼んでごらん(1)

 レイルのルートを通じて事前連絡をしていたが、それでも準備は間に合わなかった。通常なら2日ほどの行程を、まさかの数時間だからね。いくら急いでも夜中到着が限界だと思っていたらしく、客間の準備が急ぎ進められた。


 その間にシンの部屋でお茶を飲む。なぜか侍従が慌ててたので、レイルに説明を求めたところ……北の王族が私室に招くのは破格の対応だと言われた。そんな習慣ないけど、中央の皇帝陛下の私室に入ったよね。それに対抗したような気がする。


 ヤンデレ兄なので、私室に足を踏み入れるのが怖い。じいやとベルナルドも一緒なら……とお願いして入れてもらった。これで監禁ルートは回避できると思う。ヒジリも同行して、用意されたお茶を全員で啜った。


 なんだろう、このシュールな状況。機嫌のいいシンは尻尾があったら千切れそうだったんじゃね? とっておきの茶葉を開封して、侍従が驚いてた。高そうなお茶だけど、紅茶じゃなくて烏龍茶っぽい。貧乏なオレは飲んだことないけど、日本でも高級烏龍茶はびっくりするような値段するらしいね。


 美味しくお茶を啜る部屋で、オレはシンの膝に座っていた。部屋の主のお願いなので、このくらいは許す。セクハラ行為はなく、ただ嬉しそうに頬を擦り寄せていた。レイルと同じ赤毛が触れるたびに擽ったい。


 シンは忘れてるかもしれないが、オレは12歳の外見でも中身は24歳だからね。数年年上の兄の膝に座る年齢じゃないんだぞ。


「ねえ、いつ国王陛下に会えそう?」


「夕食は一緒にしようと連絡しておいたぞ」


「ありがとう、シン兄様」


 お兄ちゃん呼びを好むシンだけど、侍従や他の貴族がいる場所では王族っぽく振る舞う。だからオレも人前だと「シン兄様」と呼び、個人的にお願いがある時は「お兄ちゃん」を使う。これはひとつの戦略だから。


「レイルも付き合え」


「……すごく嫌だが」


 顔で嫌だと全力で訴えてるけど、レイルは行かないとは言わなかった。こういう面倒見の良さ、本当に居心地がいい。安心しろ、何かあればオレが国王陛下を叩きのめしてやるぞ。そういう意味を込めてのウィンクを送ったが、なぜか変な顔をされた。意味が伝わってないのか?


「お前、自分が初対面なのにおれを気遣ってる場合じゃねえだろ」


 あ、そっちか。苦笑いして肩をすくめた。


「逆だよ、逆。オレは初対面だから平気なの。レイルは過去に顔を合わせてるから、余計に苦痛だと思うよ」


「……キヨもレイルも、一応私の父親なんだが?」


「「ごめん」」


 同時に謝って顔を見合わせ、3人で大笑いした。

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