57.我に返ったのに、また囚われる(1)

「そういや戦闘開始の原因って何だったの? 攻撃されたって聞いたけど」


 指揮官だし、そこは確認しておきたい。今後の指揮の方法を変える必要があるかもしれない。まともなことを考えながら尋ねると、困ったような顔をしたジークムンドが近づいてきた。


「悪かったな、ボス。作戦台無しにしちまった。あの赤い蛇が襲ってきたもんだから、隠れてりゃいいのに仲間が発砲しちまった」


 ばつが悪そうな顔をしながらも申告してきたのは、きっと彼の部下が撃ってしまったのだろう。あとでバレるくらいなら、自分から名乗り出る潔さは彼らしい。


 もともとオレは別に叱る気はない。戦場なんて臨機応変だろうから、現場に即した対応をしてくれたら十分なのだ。


「いや、危険なら撃ってくれていいぞ。人命より大切な命令なんてない。自分が殺されると思ったら、命令無視で反撃しろ」


 指揮官として異常な発言だったらしく、目を瞬いたジークムンドが「おまえ、本当におかしな奴だな」と呟く。無意識だったのか、慌てて口を押さえていた。


 大柄でガタイのいい男の仕草が妙に可愛くて、くすくす笑ってしまう。失礼だとしても止まらない。


「ごめん、笑っちゃった」


「いや……こっちこそ」


 まだ普段のペースに程遠いジークムンドのお陰で、とりあえず命令無視の原因がわかった。赤い龍が先に襲ってきたなら、それは驚いただろう。予定外の強敵に、反射的に撃ってしまう気持ちはオレも理解できるし。


「ボス、あんた……いい奴だな」


「おれはずっとあんたの下で戦いたいぜ」


 なぜか人気が上がったが、それだけ『紙くず扱いの使い捨て』が酷かったのだと溜め息をついて納得する。オレが生まれた世界では当たり前の人命優先の理論をこの世界で実践すると、そのうち聖人様扱いされそうだ。


 あれ? そういやオレの名前って『聖仁キヨヒト』だけど、読み方を違えると『セイジン』になるんじゃね? 今更だけど……いや、前の世界でも考えたことなかったけどね。


 そもそも自分の名を読み替えるなんて、普通の奴はしないからな。


「ありがとさん」


 みんなとハイタッチしながら、ふと赤い龍の行方が気になった。オレが覚えてるのは、奴の首に巻かれた赤い紐を千切って落ちる途中で、走馬灯のごとく美しいフィアンセの顔を思い浮かべ、現実に引き戻す骨折の痛みに悲鳴を上げた。最後に治癒魔法でサシャが……あれ?


 考える人のポーズになりそうな勢いで顎に手を当てて思い出す。うーんと唸りながらひねり出した結論は、あまりに情けなかった。


 オレは赤い龍を倒してなくね? アイツ、どこへ消えたんだ??

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