204.腐るのはどちらが早いか(2)
オレの知る玉座の間は、皇帝の玉座の前まで段差はない。金の椅子や天井の絢爛豪華な天使の絵を眺めながら歩いた足元に、段差があった。爪先が引っかかり前に転がりかけて、驚異の反射神経で手をつく。ところが後ろから来た別の奴らに押し倒された。
「ぐぎゃ……」
「ちょっ! 重っ!!」
「いてぇ」
様々な声が重なり、最後は悲鳴も混じる。潰された最下層で呻くオレは、ずるずると前に這い出た。段差で膝と腹を打ったが、まだあまり痛くない。半分ほど出たところで振り返ると、6人も転んでいた。
「キヨ、無事なの?」
少し離れて壁の絵を見ていたクリスティーンは無事だった。彼女に引き摺り出してもらい、改めて後ろで縺れた連中を確認する。
下からジャック、ノアとサシャ、レイル、ユハ、なぜか知らない子供。ん? お前、どこの子だ。
身なりのいい子供は、きゃっきゃとはしゃいで手足をバタつかせる。その度、最下層になったジャックが「くそっ、後で……覚えて、ろ」と切れ切れに文句をこぼして撃沈した。
「金持ちっぽいガキだな」
ジークムンドが強面で近づく。注意する前に首根っこを掴んで回収された。顔に大きな傷があるジークムンドに正面から覗き込まれ、子供はひっと息を詰まらせる。これは泣く直前の動作……と思ったら、大喜びでジークムンドの顎を撫で始めた。
「ざりざりぃ」
無精髭が気に入ったらしい。ほっとするやら気が抜けるやら。溜め息をついて額を押さえたオレに、クリスティーンが同情の眼差しを注ぐ。大泣きされるよりマシと顔を上げ、子供と目が合う。
頬を染めた子供は、ジークムンドの腕をぺしぺしと叩いた。降ろせと言うのだろう。仕草で察したジークムンドが床に下ろすと、一目散に駆けて来た。腹に激突する前に、ヒジリがのそりと間に入って牽制する。
さすがはオレの名を持つ相棒だ! もふっと彼の黒い毛皮に抱きついて頬擦りすれば、驚いた顔の子供が「すげぇ」と叫んだ。そして予想外の言葉を放った。
「おまえとけっこんする」
「「「はぁ?」」」
一斉に傭兵達が声を重ねた。少し離れている正規兵は、突然の大声に首をかしげるだけ。倒れた仲間を起こしていた傭兵が子供を取り囲んだ。強面のゴツいおっさん集団に、怯んだ様子で身を縮める子供が唇を尖らせた。くしゃりと顔が歪んで、ぽろりと涙を零す。耳が痛くなるほどの大泣きだった。
「つうか、この子……誰?」
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