341.こういうのは勢いだから
料理の指揮が終わった途端、侍女達に捕まった。曰く、お着替えの時間です……と。引きずられて退場するオレを見送る傭兵達の顔は、安堵の色を浮かべていた。レシピ渡したのに焦がしたこと、ずっと覚えてるからな?
風呂に入る時間が惜しいので、浄化で綺麗にしてから着替え始める。礼服での正装は、いつも北の民族衣装だった。漢服みたいなデザインで、絹に刺繍が施されたものだ。しかし中央の国は中世ヨーロッパ風のため、まったく雰囲気が違った。
ドレスシャツに袖を通し、リボンタイを結ばれる。その間に肩甲骨に届く長さの金髪を結って、手早く簪を挿した。この辺は侍女達の手並みは見事の一言に尽きる。じいやはお留守番なので、付き添う騎士が上着を着せてくれた。ここは婚約者がいる男性に、侍女といえど女性が上着を着せてはいけないルールが影響していた。
あれかな? 上着は奥様の役目なんだろうか。将来リアが着せてくれる幻想を見ながら、袖を通した。うん、悪くない。紫が強い紺色ベースの軍服に似た正装は、房や飾りが大量についていた。やたら重いが、戦うわけじゃないからいいか。食事の時に鎖とか袖とか注意しないと。
首元を緩めるジークムンドの気持ちはわかった。これは指を入れて緩めたくなる。軽く絞められてる気分だった。リアの隣に立つから着崩すわけにいかず、我慢だ。
ピアスに加えて、ブローチとカフスに魔石が使われ、怠い感覚に苦笑いする。ぱちんと音を立ててブローチにヒビが入り、仕方なく取り外した。魔力が多すぎて飽和したらしい。魔力を垂れ流してるのか? カッコわりぃ。しっかり蛇口締めておこう。
晩餐へ向かうため、リアの部屋を訪れる。ノックして許可を得て入った部屋の中に、着飾ったお姫様がいた。晩餐だがメニュー変更があったので、裾の長さを変更したらしい。こういう場合も考え数種類のドレスを用意するから、お姫様の移動は荷物が多い。ラベンダーのドレスに白に近いアイボリーのヴェールを羽織り、美しいピンクの魔石のブローチで留めていた。
「すっごい似合う、可愛い。無骨で褒め言葉も知らなくてごめんな、美しくて言葉が追いつかないや」
花に例えても足りないし、月や星も及ばない。知ってる限りの言葉を尽くしても、全然手持ちが足りないのだ。ただ美しいと伝えたくて、自分でも情けなくなるほど当たり前の言葉を並べた。
いつもより濃いめのピンクの紅を引いて、にっこりと笑う。その美しさに見惚れた。黒髪にピンクやラベンダーはよく似合うし、結い上げた髪のほつれが細い首に掛かるのは色っぽい。頬に少し色を乗せたかな?
学んだ通りに腕を差し出し、するりと絡められる細いリアの手に重ねる形で手を乗せる。ドレスのスカートがプリンセスラインだっけ? ぶわっと膨らんでいる。花を逆さまに置いたみたいな形だ。裾を踏まないようにしないとな。気をつけて連れ出し、実際の晩餐が始まったら、そこからはほぼ無礼講だった。
傭兵達は貴人の机にあまり寄ってこないから、オレがリアの腕を取って積極的に連れ出す。料理も頼めば手元まで運んでくれるが、自分で取る。聖獣の分は、やたら豪華な器に取り分けてあった。専用の給仕まで付いてるじゃん。官舎より待遇がいいな。
「キヨ、兄が焼いてやろう」
「ありがとう、シン兄様。リアの分もお願いできる?」
「もちろんだとも!」
シン兄様の呼び名に興奮した兄は、チョロかった。オレとリアの専属、肉炙り係と化している。野菜も交互に刺すよう指示したので、彩りもなかなかの物だった。西の王女様は上品に串から外してナイフとフォーク、アーサー爺さんも隣で付き合っている。リアとオレはもちろん、齧り付きだった。
互いに顔を見合わせ、笑顔になったと思ったらがぶり! 口煩いシフェルが留守番でいないから、遠慮なく楽しんだ。ちなみに、シチューは途中で足りなくなった。大急ぎで作らせたが、聖獣達が大活躍だったらしい。すっかり料理上手になって。
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