342.人が減ると気持ちが沈む(1)
楽しい夜会を終えてリアを送り、あれこれ片付けて帰国の朝。ジークムンドの肩を叩く。
「ほら、姿勢が前屈みだぞ。背を伸ばせ。これからは南の国王陛下なんだからな」
「こそばゆい。今まで通りジークって呼んでくれるんだろ? ボス」
「当然じゃん、オレの部下だからね」
どこまで偉くなっても部下、だから安心して何かあれば頼れ。あと、お前のことジークって呼び捨てにできる奴が減るから、オレはそう呼ぶよ。仲間だって公式の場で呼びかけることは出来ないだろうし。その辺まできっちり話をして、ひらりと手を振る。
オレは黒豹に跨り、肩に白いチビドラゴンを乗せ、よく似た子ども姿のマロンを抱き上げる。ブラウは自由に足元で毛繕いを始めた。丸ごと転移する。この別れって、ある意味情緒がないよな。こう……ほら、涙を拭いながら大きく手を振るオレの後ろに夕陽が沈んでいく。みたいな光景は無理だ。まあ、朝だから夕陽はないけどね。
コウコはリアと一緒に送り届けたので、今頃一緒にお茶でも楽しんでいるだろう。コウコがいてくれたら、魔術師や騎士の攻撃は防げる。毒も感知できるから問題ない。聖獣の護衛を掻い潜れるとしたら、同じ聖獣による攻撃くらいだった。5匹ともコンプリートしたオレに死角はない。
舞い戻ったオレは数日の休暇を宣言した。
「働き過ぎだと思う。リアと一緒にごろごろして過ごしたい」
駄々を捏ねた結果、3日間の自由を勝ち取った。半分は後ろで威嚇してくれたヒジリやスノーのお陰だけどな。聖獣が本気で威嚇したら、通常は太刀打ちできずに要求を飲む。
リアの隠れ家、庭の奥の小屋で寝転がって食事をしたり、読書しながら背中を預けたりと、贅沢な時間を過ごした。正直、2日目には何かしたくてうずうずすると考えてたけど、そういう衝動もなく平和。聖獣の結界を張ったため、侍女役としてクリスティーンが同席する。
「クリス、似合うね」
「当然ですよ、身辺警護のプロですから」
気配を薄くして上手に溶け込んでいる。じいやにも休暇を与えたら、元従業員の侍女を連れて温泉宿の掃除に出かけていった。往復は時間短縮のために転移魔法陣を使ってもらう。あれさ、魔術師に頼むと難しいけど、オレの魔力とリンクさせるだけなら簡単だった。だからオレの魔力に干渉があったら、確認してじいや達を転送させるだけの簡単なお仕事なのだ。
ジャック達にも休みを与えたが、ライアンとサシャは買い物以外は出かけないという。ノアは腕が鈍ると魔物狩り、ジャックが追いかけていった。ちなみに休暇前にボーナスを渡したら、めちゃくちゃ驚かれたぞ。季節ボーナスって休みの前であってたよな? 働いてないから知らないけど。
「キヨ様、孤児院の決算報告書です」
渡された書類に目を通す。特に問題なさそう。おかしなことが書いてあれば、執事のセバスさんが指摘すると思うし。
「あとでじいやに渡すから、しまっておいてくれる?」
「かしこまりました。責任を持ってお預かりいたします」
「セイ、仕事はしない約束だ」
「うん。だから終わりにしちゃった」
ごろんと広いソファベッドに寝転がり、くすくす笑い合いながらゲーム盤を引っ張り出す。チェスに似た遊びだが、ルールが独特だ。将棋みたいに駒が戻れる。取った駒を味方に寝返らせることも出来て、実戦用の訓練みたいだった。
これに関してリアが強い。条件を満たして裏切らせた駒を潜ませ、後ろからオレを追い詰めた。
「降参、このゲームは勝てない」
「諦めるのが早い、英雄殿」
からかう口調のリアに唇を尖らせて、抗議する。
「だってオレの仲間は裏切らないもん。実戦ならオレが勝つよ」
「そういうことにしてあげる。私は心が広い皇帝陛下だからな」
ふふんと喉を反らせて笑うリアに、このやろとクッションを投げる。受け止められ、投げ返された。楽しくなって暴れているうちに、時間が終わったらしい。
「陛下、お時間です。キヨ、仕事をしてください」
開いたままの扉をコンとノックしたシフェルの宣言で、楽しい休暇は終了となった。
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